ラスト・ダンス | ナノ


▼ 表向きの顔

(修人視点)


 降車客と入れ違うように電車へと乗り込めば、横座りの椅子が一列空いたところだった。女版八坂が一番乗りとばかりに腰を下ろせば、他の三人も少し遅れて着席する。まだ少し空間に余裕はあったが、八坂伊織の傍に座るのは何となくはばかられる。悩んでいる間にも空席は着実に埋まっていき、修人は立っていることを選択せざるを得なくなった。まあ良い、その方が気楽だ。閉まったドアに背中を預け、最寄り駅に到着するのを待つことにした。


 横目に座席の方を見れば、彩未が鞄から取り出したスナック菓子を開封しようとしていて、それを伊織が注意していた。


「匂いのきつい物を電車で開けるな」
「えー! 何伊織ってば良い子ちゃんごっこ?」
「何処の生徒か分かり切った状態で、注意しないわけにはいかないだろ? 会長の俺に飛び火する」
「楽しみにしてたのに……」
「良いからしまいなさい。家で食え」
「むぅ」


 彩未は納得いかないような表情を浮かべたが、その後すぐ伊織の言う通りに菓子を鞄へとしまった。右手で胃の辺りをさすっている。そんなに腹が減っているのなら、うるさい会長を待っている間にでも食べてしまえば良かったものを。


「てか、そんなん学校の購買に売ってたっけ?」
「ふふ、よくぞ聞いてくれたね凛。このお菓子は今朝、最寄り駅でやってた献血に協力した時に貰ったものなのです!」
「へえー、彩未にしちゃ偉いじゃん」
「でしょでしょ。アイスまで貰っちゃったよ」
「あんた、それ目当てじゃないよね?」
「し、失礼な。善意の精神ですよ」


 彩未はそう言って否定した後、風紀委員と生徒会書記のことも「今度一緒に行こう」と誘っていた。何故かついでのように、奥村くんも、と付け足され軽く無視する。何が嬉しくてわざわざ途中下車してまで、献血に行かなくてはならないんだ。心の中で思ったことを代弁するかのように、凛が同じ台詞を彩未に返していた。


「あはは……私も、協力は学校か最寄り駅に献血バスが来た時にします」
「えー、日菜子まで付き合い悪いよぉ」
「八坂会長、付き合ってやりなよ。近所なんだし」
「は? あ、いや俺は……」
「伊織は前も付き合ってくれなかったから諦めてる。多分針が怖いんだよ」
「彩未、勝手な解釈はやめろ」


 この会長が針が怖いなんてことがあるわけない。アンドロイドだし。なんて冗談は抜きにしても、まあないだろう。何か事情でもあるのだろうか。無意識に伊織の方を見つめてしまっていたらしい。ふとこちらへと顔を向けた彼と、目が合った。すると伊織は何事もなかったかのように立ち上がり、着いたぞ、と彩未へ声を掛けた。修人の背後にある風景を確認したのか。


「もう着いちゃったの? つまんない」
「腹が減ったんだろう。もっと喜べ」
「私寮に住みたい!」
「片道十分で何が寮だ。ほら降りるぞ。皆、また学校で」
「襟引っ張んないでよー!」


 ……騒がしい女だな。八坂伊織に少しだけ同情する。彼の付き合いが悪いのは、彩未自身に問題がありそうだ。ドアが閉まる寸前、同好会について何やら語っている彩未の声が聞こえたが、内容はよく分からなかった。どうせくだらないことなのだろうけど。電車から窓越しに手を振っている女子二人は、慣れているのか顔に笑みを浮かべている。


「ふふ、彩未は相変わらずだね」
「うん。まあでも、今は彩未のことよりも……あんたのことの方が気になるんだけど?」
「え……?」
「帰り遅かったじゃんー」
「あ、そ、それは色々ありまして」


 凛の言葉に日菜子は急に焦ったような表情を見せる。仕草も落ち着かない。生徒会の人間が今日、帰るのが遅くなった理由。それは環が音楽機器の件で生徒会室を訪れたこと以外にありえないだろう。多分。それは先ほど風紀委員にも伝えたはずだが。そこまでの鳥頭にも見えない。彼女のからかうような表情、落ち着きがなくなった日菜子の様子も引っかかる。


「あ、明日化学の宿題出てましたよね! 凛日直だから当てられるかも!」
「え? あー、忘れてたわ」
「しかも一限目ですよ。家に帰ってからだとやる気出ないって、凛言ってたよね?」
「んー……」


 日菜子は露骨に話題を逸らすと、鞄の中からワークブックを取り出した。明日、こいつらのクラス化学あるのか……化学担当教師である紺野は、生徒を当てる際日直を起点として順番に指していくことが多い。修人は見事日菜子の術中にはまるかのように、意識が違うところへ向いていくことに気が付いていた。
 

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