ラスト・ダンス | ナノ


▼ 表向きの顔

(環視点)


「じゃ、環。戸締りよろしく!」
「はい。また明日」


 何か、デジャヴだ。このやり取り。先ほどは環が、この部屋を出て行く側の人間だったのだけれど。自分から戻ってきてしまったのだから仕方がない。伊織との話し合いを終えた後、彼らとはそこで別れ環は一人放送室へと向かっていた。その一番の理由は、連絡ノートに今日生徒会室で話し合った内容を書き込んでおく為だ。音楽機器が壊れた件は、放送部であればほとんどの人間が知っているが、その後の進展についてはほとんどの人間が知らない状態だ。一応後で全体メールでも報告しておくが、緊急時の対応として今後の為にもノートには記しておいた方が良いだろう。環は自身が書いた文章を流し読みし、ペンを置いた。こんなもんだろう。


 そこら中に置いてある時計の一つに目をやる。もうこんな時間か、今日は早く帰れると思ったのだが。結局また最後の一人になってしまった。書き終えたノートを閉じ、鞄を手に持つ。そして席を立とうとしたところで、放送室の扉が開くのが分かった。反射的にそちらを振り返ると、三年生の先輩がゆっくりと顔を覗かせた。環は心の中で溜息を吐くと、上げかけていた腰を椅子へと下ろす。先輩は、おお環、なんて暢気そうな声で話しかけてきた。タイミングが悪い。


「お前、まだ帰ってなかったんだな」
「連絡ノートに書き込んでいたんです。先輩こそ、どうされたんですか」
「あ、俺は単なる忘れ物。赤本忘れちまって」
「はは、駄目ですよ。そんな大事な物忘れちゃ」
「だよなー。お、あったあった」


 先輩はヘラッと笑うと、机の隅に置いてあった赤本を手に取り、鞄へと閉まった。そして環の手元に置いてある連絡ノートを覗き込むと、機器が壊れた件か? と聞いてくる。環はその言葉に対し、黙って頷いた。


「困るよなぁ。曲流せないとなると、お前らトーク担当が大変になるだろ」
「そのことですが、大丈夫ですよ。修理が終わるまでの間、生徒会室の機器を借りられることになりました」
「え、マジ!? 生徒会室にもそんなんあったのか」
「はい。音質は落ちるかと思いますが……会長も快く了承してくれましたよ。そのことをノートに書き込んでいたんです」
「そっかそっか! いやあ、さっすが環だな。行動が早い!」
「あはは、そんなこと」


 嬉しそうな先輩に背中をバンバンと叩かれる。少し痛い。彼は環の書いた連絡ノートを手に取ると、軽く目を通す。そしてノートを閉じると再び背中を叩いてくる。元気なのは良いけれど、ついていけない。


「いやー、環が放送部に居てくれてほんと助かってるわ」
「褒めたって何も出ませんよ、先輩」
「本気で思ってるんだって! さすが次期部長だよ。置物の現部長とは大違い。なーんて」
「………………」
「こんなこと言ったら部長に怒られるな! はは。あいつ頼りない癖に言うことだけは一丁前だから」
「……ええ。本当に」
「ん? 今なんか言ったか」
「いえ。先輩、そろそろ帰りましょうか」
「あー、そうだな。もうこんな時間だしな」


 にっこり笑って言えば、先輩も思い出したかのように時計を見る。環はやっとのことで椅子から腰を上げることができた。結構なタイムロスだ。


 左手に鞄、右手に鍵を持ち部屋を出る。戸締りをし、鍵を職員室に返してくると言えば、先輩も付き合うと言ってきた。この先輩は一度言い出したことは撤回しない。ありがたいことで。仕方なくお礼を言い、共に職員室へと向かうことにする。環はあまり誰かと一緒に帰るという行為が好きではない。学校を出た後まで気を張っていたくないからだ。生徒会室前で伊織たちと別れたのも、勿論連絡ノートに記入するという目的もあったが、一人で帰りたいという思いがあった為だ。


「でも環。よく生徒会室に音楽機器があるなんて知ってたな」
「え? ああ、修人に聞いたんですよ」
「あー……なるほど、シュートか。あいつ一年の頃、生徒会室の常連だったもんな。二年になってからあんま行ってないみたいだけど」
「呼び出しは今でも掛かってるはずですよ。八坂会長を避けてるんじゃないですか」
「八坂伊織を?」
「先輩たちがデタラメ言うからですよー? 八坂くんは教育機関が開発したアンドロイドだとか何とか」
「あはは! んなことシュートが本気にするわけないだろ」
「どうでしょうか」
「でもさ、実際アンドロイドっぽくね? 事務的で淡々としてるかと思いきや、怒ると超怖いらしいじゃん。威圧感っていうの?」
「今日話した限りでは良い人でしたよ」


 お喋りな先輩にそう言えば、そうか? と腑に落ちないような顔をした。この人はよくもベラベラと、無遠慮に他人の噂話を喋り続けていられるものだ。本人に悪気はないのだろうけど。数秒の沈黙のその後で、先輩は、まあ誰しも表向きの顔っていうのは存在するからな、と呟いた。その言葉に環は一瞬ドキリとする。不思議そうな表情を作り、先輩の方へと顔を向けた。


「八坂伊織も、お前みたいな優等生が相手だったから、表向きの顔で接したんだよ。そう思わね?」
「さあ……俺たちはまだ高校生ですから。社会人になれば、建前とか面子とか、色々な事情で必要となってくるんでしょうけど。その表向きの顔ってものが」
「ふーん、難しいこと言うな。じゃあ八坂は違うと?」
「……はい。学生の内は、そこまで考えませんよ」
「そっか。まあ俺は社会人になっても変わらんと思うけどな、はは」
「先輩はそうでしょうね」
「ん?」
「あ、いえ……先輩は、そのままで良いと思います。素直で、自分の気持ちを檻に押し込めようとはしない」


 環が言うと、彼は意味がよく分からなかったのか、一瞬考え込むような顔をする。しかしすぐにまた笑顔になり、環の背中を叩いてきた。さすが環、ありがとな、なんて言いながら。この人は本当に人を見る目がないな、そう思った。

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