ラスト・ダンス | ナノ


▼ 繋がり

(伊織視点)


 放送部である芹沢環との話し合いを終え、やっとのことで帰路へとつく。環とは生徒会室前で別れることとなったが。何でも放送室に忘れ物をしてしまったらしい。なるべく早く帰るよう勧告し、未だ心ここに在らず状態の日菜子を引きずってきた。全く、手間が掛かる。これが真昼間なら放置してさっさと帰っているところだ。


「ほら浅倉、もうすぐ駅だ」
「え……もう、駅ですか……?」
「クラゲかお前は。しっかりしなさい」


 足元のおぼつかない日菜子の背中を押し、喝を入れれば少し正気に戻ったらしい。自分だけの力で歩き始めた。すみません、と小さく詫びを入れてから。


「私、放送部のラジオのファンなので……ちょっと浮かれちゃいました」
「……そうみたいだな」


 ラジオのファン、ね。環のファンの間違いではないのか。別にどちらでも問題はないのだけれど。それにしても、芹沢環、か……


 伊織は先ほど生徒会室を訪ねてきた環のことを思い返す。同じクラスになったこともなければ、特に話をしたこともない。それこそ日菜子同様、スピーカーを通してたまに声を聴くだけの存在だった。しかし、個人的に抱いていたイメージとは、少し違っていたかもしれない。柔らかで、穏やかで、ゆったりしている、勝手にそんなヒマワリのような印象を抱いていたのだが。実際の彼はどこか淡々としていて、そつが無かった。


 所々に雑談を取り入れてくるのだが、それも次の要件への伏線になっていたりして。こちらに隙を与えない。そしてその話し方から、相手に感情移入させるのが上手い。まるで全てが彼の手の中で転がされているような気さえした。いや、そんなことは伊織の思い込みに過ぎないのかもしれないが。兎にも角にも、抜かりない男だ。そう思った。


「修理が終わるまでの間、曲を流す時は生徒会室に来るんですよね? 放送部の皆さん……」
「ん? ああ……そうなるな。言い出しっぺの芹沢も、当然様子を見に来るだろう」
「そ、そうですよね! 次期部長、らしいですしね」


 嬉しそうに日菜子が言う。……良かったな。彼女も彼女で、日々生徒会の活動に追われ、会長である伊織の手伝いを淡々とこなしている。こんなに頑張っているのだから、少しくらい報われても良いだろう。変わらない学園生活の中で、少しくらい喜びや幸せを見つけたって。


 環が想像以上にしっかりしていたのだって、次期部長であることを考えたら納得だ。あの大勢いる放送部員をまとめなければならないのだから。生徒の中から代表に選ばれるということ、その環境の変化や自身の心構えなど。それは伊織にもよく分かっている。何でも深読みしてしまう癖はよくないな。


 ふ、と薄く笑えば、こちらを見上げている日菜子と目が合った。


「……八坂くん。今日は何だか静かですね?」
「俺は日頃そこまで騒がしいか」
「そう言われると……怒ってる時と彩未と居る時は饒舌ですけど」
「……ストレスのせいだ。君は俺を饒舌にさせないように」
「き、気を付けまーす」


 体を小さくする日菜子を横目に、再び正面を向く。もう駅は目前だ。すると、聞き覚えのある声。そして、見覚えのある後ろ姿が何人か、伊織の目に飛び込んできた。その中でも特に気になったのは、風に揺れた綺麗すぎる金髪。日菜子も前方に居る連中に気が付いたのか、あっ、と小さく声を漏らした。


 確信を持つ為もう少し傍まで近寄り、後ろから声を掛ける。


「奥村修人か?」
「! ……げ」
「あっ伊織! 日菜子もっ」


 振り返ったその姿は、歩く校則違反、C組の奥村修人で間違いなかった。修人は伊織の姿を見るなり、露骨に嫌そうな顔をする。やはりか。


 言いたいことは沢山あった。何故彩未が彼と一緒に居るのか、何故風紀委員である野崎凛が彼と仲良さげに話しているのか。風紀委員には常日頃から修人を見つけ次第、生徒会室に連れて来るよう言ってある。それくらい伊織が問題視している人物でもあった。説明を求め凛の方を見れば、あからさまな愛想笑いで誤魔化された。いや、誤魔化せていないのだが。


「伊織、遅いよ! ずっと待ってたのに! メール見てないの?」
「……立て込んでたんだ。それより野崎。お前、いつから奥村と一緒に居た」
「え? あー、今だよ今。学校で会ってたら、すぐ会長んとこ連れて行ったって!」
「おい風紀委員。俺を売るつもりか」
「ちょっと奥村! 今必死で取り繕ってんだから黙っててよ」


 ……なるほどな。生徒会長と言えど、生徒の交友関係を把握しているわけではない。こんなところにそんな繋がりがあったとは。


「奥村。今日はもう遅いから見逃してやる。ただ、次回の呼び出しには必ず応じてもらおう」
「嫌だよ。何するつもりだ?」
「お、奥村くん……だっけ。八坂くんは、ただあなたと話し合いがしたいだけで……」
「噂で、八坂伊織はアンドロイドだと聞いたことがある。校則違反で呼び出された生徒は石にされる、ってな」
「……よく分かったな。石にしてやるから今すぐ来い」
「や、八坂くん! 落ち着いてください……!」


 修人を連れて行く素振りを見せれば、日菜子が慌てたように伊織を取り押さえた。勿論こんなものは冗談に過ぎないのだが。自分の場合それが他人には伝わりにくいらしい。途中凛が笑いを堪えている姿が目に入ったが。お前は笑っている場合かと言いたい。風紀委員の立場で修人の校則違反を見逃していた事実は揺るがない。これは後日、二人揃って呼び出しだな。


 溜息を吐きふと顔を上げれば、寂しそうな目でこちらを眺める彩未と目が合った。



つづく

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