ラスト・ダンス | ナノ


▼ 繋がり

(凛視点)


「音楽機器が壊れた? 一大事じゃん」
「そうだな」


 帰り道。嫌だと断る修人の後を勝手について行き、強引に一緒に駅へ向かうことに成功した。だって日菜子は生徒会室だろうし、彩未は風紀の見回り中にどこかへ行ってしまったし。この暗い中一人で帰るのも寂しいではないか。最初は凛の存在を無視していた修人だったが、芹沢環が生徒会室へ向かった理由をしつこく問いただせば、諦めたかのように口を開いた。


「今生徒会に言ったところで、修理には時間掛かるよね。その間どうすんの?」
「なんとかなる」
「適当だね。ま、音楽流せない分芹沢環が多めに喋れば良いだけか」
「いや……」


 凛が言った言葉に対し、修人は何とも歯切れが悪い様を見せた。次の台詞を待っても中々話し始めないので、暫く彼の顔を見つめてみる。彼は目線のみをこちらへとスライドさせたが、すぐにそれを逸らしてしまった。


「……生徒会室にも、型は古いが音を流す為の簡易機器が設置されてる。それを使わせて貰うよう環には提案した」
「へえ、そんなのあったんだ」
「職員室にもあるみてぇだが、放送時間に一々教師の前通んのも嫌だろ」
「はは、確かに。特にあたしらみたいな優等生はね」


 自嘲するように笑った凛に対し、修人も苦笑いで返す。でも、なるほど。環が生徒会室に向かった理由は、修理の依頼だけでなくそこにある機器を借りる為ということか。それは、つまり、放送室の機器が使えない間は環はずっと生徒会室に……? これは日菜子が大喜びしそうな展開ではないか。


「ね、じゃあさ、放送時間の度に芹沢環は生徒会室に行くってこと?」
「……お前、放送部員は環だけだと勘違いしてねぇか。あいつはトーク担当、音楽担当は他に何人も居んだよ」
「あー……そうか。マイクが壊れたわけじゃないしね……芹沢には支障なし、か」
「ただ、あいつは次期部長だから。初めの何回かは音のチェックとか、付き合うかもな」
「ほーう。なるほどね」


 何となく話は見えてきた。どちらにせよ、今まで皆無だった日菜子と環の繋がりが、一つ出来たことになる。顔もまともに見られない、差し入れすらできない、そんな日菜子が今日憧れの彼との初対面を果たしたのか。何だか少女漫画みたいではないか。少し感傷的になってしまう。


「おーい!」


 人がセンチメンタルな気分に浸っているというのに、誰だ。こんな道端で大声を張り上げている奴は。それは前方、駅前から聴こえてくるようだった。薄暗い中目を凝らせば、こちらに向かって手を振っている女の子の姿が浮かび上がった。駅に近付くにつれ、声とも相まってそれが誰だか安易に想像できてしまう。空気の読めない元気娘、八坂彩未だ。


「……おい。あの女、お前に向かって手ぇ振ってんじゃないのか」
「他人の振りしよう」
「ちょ、ストップ! ストーップ! 凛ってば」


 無視を決め込めば、焦ったような様子で彩未がガッシリと凛の制服の裾を掴んできた。全く、声を掛けるならもっと、周りの目を気にしてほしいものだ。大きく手を振ったり、飛び跳ねたり。現に結構な注目を浴びていた。駅前だから目立つんだよ。隣にいる修人も、表情こそ変わらないもののドン引きしているに違いない。うるさいの嫌いそうだし。


「何で無視するのさっ」
「知り合いだと思われたくなかったから」
「ええ!? ショック……いつからそんな子に……あ、隣にいる不良にたぶらかされたんだね?」


 彩未は勝手にそう解釈すると、効果音のつきそうな勢いで修人のことを指差した。指差された本人は、無表情のまま軽く目を細めている。まあ、誰かも分からぬ女子生徒に急にそんなことを言われたら、修人でなくても反応に困るだろう。見た目が不良っぽいというのは、本人も否定できないようだけど。


「彩未、人に向かって指差すなって」
「だってぇ」
「無視しようとしたのは悪かったって。でも、こいつは関係ないから」
「……ほんとに? この人、奥村修人くんでしょ。生徒指導率ナンバーワンの」
「何だ、あんた奥村のこと知ってたんだ」


 彩未は修人のことを知っていたようで、訝しげな目で彼のことを凝視している。修人もじっと彩未のことを見つめ返す。圧倒されたのか、うっ、と彼女が一歩後ろへ下がったのが分かった。自分から喧嘩売っといて、情けない子。すると修人は彩未から目線を逸らさぬまま、俺はお前のこと知らないんだけど、と言い放った。これは彼なりの、名前の尋ね方なのだろうか。


「え、A組の、八坂彩未!」
「八坂……?」
「いえす!」
「……なるほどな」


 修人は勝手に納得すると、自分のことは名乗らずに彩未から目を逸らした。まあ彩未の方は彼の名前を知っているので、別に自己紹介する必要はないのか。


「あ、それより彩未。こんなとこで何してんの。もう先帰ったのかと思ってたし」
「え? あ、うん。帰ろうとしてたんだけど、思ったより外が暗くなっててさ。だから、伊織待とうと思って……」
「あー……そっか。あんたらご近所さんだっけ」
「うん。でも何か、いつもより遅くて不安だったんだよね。そしたら凛見つけたの!」


 なるほどね。それで駅前に一人佇んでいたわけか。それを無視しようとしていたとは、冗談とはいえ悪いことをしたかもしれない。伊織の帰りが遅いのは、間違えなく環が生徒会室に訪れたことが原因だろう。しかし下校時間もとうに過ぎているし、そろそろ来る頃だとは思うのだが。その意を込めて修人の方を見れば、もう話も終わってるだろ、と返してくれた。やはり。


「じゃ、俺はうるさい会長が現れる前に撤退するわ」
「ちょっと。女子二人残して帰るつもり?」
「……風紀委員。お前のどこが女子なんだ」
「言ってくれるじゃん」
「凛やめ! 奥村くんの見た目で喧嘩してたら、警察来ちゃうってば!」
「……勝手にそんな大事にすんな」


 修人は少しサボり癖があるくらいで、中身はそんなに悪い奴でもないのだけれど。彼を不良だと決めつけ一人焦っている彩未を見て、凛は少し笑ってしまった。

prev / next


[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -