「おっと、あぶない!」
頭上から聞こえる聞き慣れた声に、名前は顔を上げる。
名前の視線の先には学生のような服と、漆黒の翼が特徴的な青年。
「わっ、射命丸!?」
「やぁ、名前さんっ。お散歩途中悪いけれど…」
名前のほぼ真上で浮遊しする射命丸。肩まで上げた左手には、ビーチボールほどの大きさの妖精が収まっている。
湖の妖精に酷似しているが、ギィギィと低い声で唸り、目は紅に染まり、牙を剥いている。
「貴女のささやかな幸せを邪魔する小さな虫がいたようですね。」
「え?どういう…」
「遥か上空から、この妖精が飛んできていたんですよ。しかも、あと一歩で貴女に激突するところでした。」
ギャアギャアと騒ぐ妖精の首根っこを掴みながら、射命丸は笑顔で答える。
突然の事で名前はしばらく呆然としてしまったが、射命丸が妖精をまた上空へと放った所で、はっと我に帰る。
「た、助けてもらったのは有り難いんだけど…な、なんで射命丸が此処に?」
「あれ?分かりませんか?勿論貴女に会いに来たんですよ。」
「なっ…!!?」
名前が瞬時に顔を真っ赤にすると、射命丸はくすくすと笑う。
静かに地面に降りると、黒い翼をしまうと同時に胸ポケットから手帳とペンを取り出すと器用に口でペンのキャップを開ける。
「ふふ、冗談ですよっ。今日はちょっと貴女に取材があって来たんです。それでたまたま空を行く妖精が見えたものですから。」
「も、もう…。あんまりからかわないでよ…。」
顔を紅くしたまま、うつむく名前に射命丸は、はいはいすいません、とあまり申し訳なさそうに思えない笑顔で一頭身ほど低い名前の頭を撫でる。
その手を止め、手帳にさらさらと何かを書くと、射命丸は近くの岩に腰掛ける。
射命丸が隣に座るよう手招きすると名前も仕方なく大人しく隣に座る事にする。
「で、肝心の取材なんですが、軽く僕の質問に答えて貰っても良いですか?」
「う、うん。大丈夫だけど…?」
「はい分かりました〜それでは、まず最初に…今居候している博麗神社は貴女から見てどんな感じですか?」
「え?ど、どんな感じって…そうだなぁ…。萃香は騒がしいし、霊夢は淡白な割には結構乱暴者だし、変わった訪問者も多いけど……居る人も来る人も、みんな
優しいし、良い人だし…。確かに神社は貧乏だけど、住み心地は悪くないよ。」
「ふむふむ、なるほど。結構気に入っていると。」
「…ん、まぁそうなるのかなぁ。」
「ふむ。それではお次、もし博麗神社以外に置いてもらうなら何処が良いとかあります?」
「うっ、難しい質問だなぁ…何処も個性的だし…。うーん……あえて言うなら…守矢神社か命蓮寺辺りが無害そうで良いかな…」
「なるほど穏便第一、と。刺激はいらない。」
「幻想郷自体が刺激的だから…これ以上は身がもたないかな…」
「ほうほう。それでは、僕の家…天狗の山はどう思います?住み心地的には。」
「え、射命丸ん家?うーん、遊びに行った事あるけど…まずあそこ、人間住めなくない?まぁ、射命丸も椛も居るから悪くはないけど…。」
「え、別に住めますよ?普通に。じゃあ次、いっそ僕の家に住みません?一生。」
「天狗の山に?うーん、確かに適応できれば……………ってちょっと待てっ!!!」
耐え切れず名前は声を荒げて立ち上がる。
「はいなんでしょう?」
「はいなんでしょう?じゃないっ!何さり気に凄い事言ってんの!!最初から誘導尋問だったの!?」
「あはは、顔が真っ赤ですよー名前さん。かわいいなぁ」
「だ、だからいちいちからかわないのっ!!ふざけてないでちゃんと…」
「ふざける?僕がいつふざけました?」
「…え?」
あっけらかんとした笑顔を変えずに射命丸は続ける。
「僕は最初から真面目ですよ。僕の家に住んで貰いたいのは本当です。勿論一生。」
「な、なに、言って、」
名前が困惑し、たじろぐと射命丸は途端にその紅い目を更に鋭くさせて名前と同様に立ち上がる。
戸惑う名前の華奢な腕を掴みその端正な顔が名前に近づく。
「名前、俺のものになれよ。」
「っ…!?」
聞いた事無いような、いつもより一段と低い声。
飄々とした笑顔も少しだけ口の端をあげた微笑に変化していた。
腕に込められた、意外にある力が熱さになって名前に伝わる。
「博麗の巫女なんかより俺の方がお前を守ってやれる。」
「しゃ、めいま…」
困惑と驚きで、うまく喉から声が出ない。
ある種の恐怖にも似た、感情が名前に押し寄せる。
「………………なぁんて!あはは、びっくりしました?」
「………!!!」
射命丸はふとその手を離すと、またいつものあっけらかんとした笑顔に戻る。
そして手帳に素早く何かを書き込むと、来た時のようにその漆黒の翼を広げ、空へと舞い上がる。
「もう、なんて顔してるんですかーシャッキリしてくださいよっ」
「……………――。」
名前は言葉も出ないと言う顔で口を開閉させ、呆然とする。
そんな様子を見た射命丸はまたくすくすと笑い出す。
「でも――貴女の事を好きなのは本当ですよ!」
この空に響くような透き通る声で射命丸は叫び、また上空へと飛び上がる。
名前が一連の出来事を理解し、また顔を真っ赤にするのは、射命丸が去って数分後のこと。
そして、翌日二人が会ってどうなったのかは…また別のお話。
君への想い、僕の思い
(おい名前…これ今月の天狗の新聞なんだが…)(ん?何、霊夢?……!!!)(名前に取材した射命丸がどんな新聞を作ったのか…それもまた別のお話)