ドンドンドンドンドンドンッ!!!!


眩しい太陽の閃光と共に、まるで太鼓を叩くかのように部屋の扉を叩く輩が居た。

色々有りすぎて、未だに疲れのとれない寝ぼけた頭で私は冷静に考えた。

――性格的にグレゴリーさんではないし、
――ネコは部屋から出られないんだから、


「………ん〜……どちらさまぁ………?」


ドンドンドンドンドンドンッ!!


しかし、奴は未だに部屋の扉を太鼓か何かと勘違いしているらしい。

仕方なく私はこれを機会に起きようと寝癖も衣服も整えず、扉を開けた。



「――あ、やっと起きた〜お姉ちゃんって寝ぼすけなんだねーキャハハ!」


「 … ア ン タ 誰 ……… 」


扉を開けると其処には片足を上げた金髪に黄色の鼠耳を生やした、小学生くらいの少年が居た。
どうやら扉を蹴破ろうとしていたらしい。


「えへへっお姉ちゃん初めまして〜!僕ジェームスってんだ!」


「ジェームス……君もホテルに住んでる子?」


「うん、あのね、僕グレゴリーおじいちゃんの孫なんだ〜だから新しいお客様を起こして欲しいってクロックマスターに頼んでたから僕が起こしに来たんだ!」


(………んん?)


新キャラのご登場によりすっかり覚めた脳で考えてみると今のジェームスの発言にはおかしい点がある。
なんでクロックマスターとやらに頼んでいたのにこの子がやっているのだろう。そんなに暇だったのか果てまたそういう人を困らせるのが大好きな子供なのか。


「だってイタズラって面白いよね〜大人ってすぐ変な顔するし!」


残念後者。これなら扉と太鼓を間違えても理解はできる。
………とりあえず、だ。この子は放置しておくと大変そうだ。グレゴリーさんも相当手を焼いているだろう。
それに折角起こしてくれたのだ、根から悪い子な訳ではないだろうな。


「起こしてくれて有難う。今準備するから少し待っててくれる?」

「うん、分かった!あ、でも早くしてね!朝ご飯出来ちゃうから!」


笑顔で頷いたあと、扉を閉め一息つく。


(………前途多難、かな)


朝一で会ったのがイタズラ小僧か。
まぁこんなホテルに子供や家族連れなんてあまりいなさそうだし、その点は心配いらなそうだ。

―――と、考えていると制服がしわになっている事に気付く。
着替えくらい貸し出しが無いかグレゴリーさんに聞いてみよう。



「お姉ちゃん、まだ〜?早く早く〜!」


「あ、はいはい、今行くよーっと。」


ジェームスに呼ばれ、急いで扉を開け廊下に出る。
ジェームスは遅いよっ、と文句を垂れながらも私の手を引いて下へと降りた。










階段を下り、大きな扉を通ると広い食堂に着く。
中は薄暗く白い大きな円型のテーブルが幾つか有り数個ほどの人影が揺れていた。とりあえず私はジェームスに手を引かれるまま通って行く。
奥の扉には「厨房 関係者以外立ち入り禁止」と書かれている。


「はい、お姉ちゃんは此処ね!」


「う、うん。」


その厨房に一番近いテーブルの椅子にジェームスが、その右隣に私が座る形になった。
よく見渡すと厨房近くのテーブルには誰も居ない。少し離れた所にぽつぽつと人らしきものは見えるがいかんせん広く薄暗い食堂で、よく見えない。


「あ、ほらお姉ちゃん!あの人がシェフだよ!」


「………シェフ?」


ジェームスに言われ厨房の方に目をやると、其処には確かに人が居た。

見た目はこれまで見た者達と違い、人間そのものだった。
金髪に赤い眼、長身――190cmは有るか――のシェフの格好をした男性だ。

しかし、特徴的なのは頭に乗った蝋燭とその手に持った身の丈程も有る巨大な包丁だった。


(………!!?)


銀色の包丁がギラリと鈍く光り、思わず私は血の気が引くのを覚える。


「あのねお姉ちゃん、あの人は地獄のシェフって呼ばれててね、料理を食べない人にはとっても厳しいんだよ。」


「そ、そう………」


地獄のシェフ。
確かにその呼び名は納得である。
しかし厳しいんだよ、で済まされる問題なのだろうか。――考えたくもないが。


そうこうと考えている内に、私の前にはスープが置かれていた。

真っ赤、というよりは赤紫だろうか。ポコポコと沸騰のような音を立てるそれはいかにも良くないと主張せんばかりの雰囲気だった。


「……食べないのか」


突然地を這うような低い声が背後から聞こえ思わず私は身震いする。
振り向くと其処には先程のシェフが包丁を光らせ立っていた。


「え、えっと」


「お前が、新しい客か。」


「は、はい………」


「話は聞いている。どうした、食べないのか。」


シェフの眉間にしわが寄るのを見た私は思わず叫びそうになったが懸命に冷静を取り戻す。


「えっと、食べない訳じゃありません」


「そうか。」


「あの、これって、何が入ってるんですか?」


「………飲めば分かるだろう。」


シェフが手に力を込めたように見え、私は反射的にぐるっと赤紫スープに向かい合う。


震える手を何とか抑え、スプーンを手に取る。
食器も洋風ホテルによくある西洋的でお洒落な感じだ。そんな事を考える事しか出来なかった。


「………い、いただきます」


もう隣のジェームスも後ろの気配も分からない。
ただ世界には私と赤紫スープしかない様な感覚に捕らわれていく。

スプーンに、ひとすくい、スープを取る。
感触は普通。どろっとしてそうだがごく一般的スープとなんら変わりない感覚。
それをおそるおそる口元へ運ぶ。目立った臭いはしなかった。






そして、私は
意を決し、赤紫スープを
口へと入れた。










第一波、なし。
瞬間的に来る味はなかった。





………むしろ、………うん、美味しい。






見た目と反し毒味などないし苦くも辛くも――勿論鉄の味も――ない。
味的にはコンソメと似ており、普通の食卓と何も変わりはしなかった。


「………美味しい、です」


「………そうか、良かった。」


………あれ、少しだけ笑った気がする。
料理に関する情熱が少し特殊なだけで、根は優しいみたいだ。
シェフは満足そうに再度厨房へと消えて行った。


(………でも、何が入ってるかは全く分からない………)


やはりシェフの言った言葉とは反し材料は想像がつかなかった。
シェフの料理は、随分反抗的である。

隣をちらりと見るとジェームスはペロリとスープを飲み干し、自前の主食であろうチーズを貪り食っていた。


………持ち込みOKっすか。


(うん、しかし美味い)


結局私もお腹が減っていた事も有ってか赤紫スープを飲み干してしまった。


「………客、飯だ。」


「あ、はい。」


いつの間にかシェフがまた背後に移動し、私の前にトーストを何枚か置く。
これが朝のメインのようだ。

しかし、このトーストも何か赤黒いジャム(むしろタレ)が塗られており、スープと同じように無害で有る事を祈る。


「………ザクロ。」


「えっ?」


「………ジャム。」


(なるほど………)


どうやらこの赤黒いタr……いやいやジャムはザクロらしい。
仕事を終えたのか、マグカップを手にシェフは私の向かいの席へ堂々と座る。
この世界の人々には、何かこう、緊張というか、遠慮というものはないのだろうか。


「いただきます……」


まずは小さく一口。


………うん、ザクロだ。そして、食パンだ。
何も、おかしくない。


前途通り私はお腹が減っている為、さっさと食が進み、ものの数分で完食してしまった。


「………ふぅ、ごちそうさま。」


食べた食べた、と一息つくとふと視線を感じた。

………思い出した。
正面にシェフが居たのだった。


(………って、あれ)


静かだと思ったらジェームスは自分の食事が済んだらさっさと行ってしまったらしく、周りには私とシェフしか居なかった。
しかし人の気配は感じる。まだ残っている人も少々は居るようだ。


「………美味かったか?」


礼儀正しい姿勢のまま、聞いてくるシェフ。
私がこくん、と頷くとそうか、と言ってマグカップの飲み物を一口飲む。
よく見るとかなり色男である。
………あ、周りがまともな人の姿じゃないからかもしれないが。


「………どうした?」


「え、あ、いえ、かっこいいなと」



………しまった。
失言だっただろうか。



「………………………そう、思うか?」


………うん?
なんでいきなり目を背けるんだ?
それに何だか顔が赤いような………。


「え?ええ、思ったんですけど………すいません、怒らせちゃいましたか?」


「………怒らない、しかし、困った。」


「………………え?」



「………その、お前、食べてる顔……笑ってる顔、可愛かった。」


「………………………え、」


「………俺は昼飯の支度をする」


シェフが勢いよく立ち上がり、厨房に消えてからも、思考回路は停止したままだった。




可愛いって。
可愛いって。
どういう事、だろ。











「………お姉ちゃん、お姉ちゃーん?」











頑張れ私、負けるな私。
変な世界にも花は有るさ。
こうして私の夜は続く。