Tranquillo pomeriggio






「あぁ丁度良かった。こんにちは、シスター・アン」



晩秋ながら暖かな小春日和。昼も少し過ぎた頃、ジグは修道院の正門の前でそう声を上げる。その門の向かい側では、大聖堂から修道女達の居住空間へと歩を進めているアンの姿があった。
不意に声を掛けられたアンは丁度門の前で足を止め、ジグの姿を認識した後ふわりと穏やかな笑みを浮かべる。



「あら……? こんにちは、ミスター・ジグ。お久し振りですわね」
「確かに最後に来たのはもう何年も前だったような……久し振りにこちらの本を読みたいと思ったのですが、中に入っても大丈夫でしょうか?」



こんこん、と伺うように門の柵を軽く爪先で叩くと、アンは「ええ、では図書室へご案内致しますわ」と言いながら正門を開いた。

側を流れる穏やかな水の流れに耳を傾けながら、先導するアンの後ろについて行く。
敷地内はやはり昔訪れていた時とあまり変わってはおらず、そして修道院特有の清らかな空間にジグは心地よさそうに目を細めた。



「懐かしいな」
「以前はよく此方で本や、私の写本の作業を熱心に見に来られてましたものね……さぁこちらへ」



 懐かしさに辺りを見回していたジグにそう声を掛けると、アンはそっと図書室への豪奢な扉を開く。中から古い本やインクの香りが微かに届いた。一礼して中に入ると、椅子の上に手荷物を置いてから本棚に向かい古く厚みのある本の背表紙を撫でる。創世記と書かれたそれは昔、初めて見つけた時は興奮しながら没頭して読みふけった覚えがジグにはあった。


「あら、創世記……つい最近そちらの本を求めてこちらに参られたお方がいらっしゃいましたわ」
「へぇ?随分と熱心な方がいらっしゃるものですね」


 扉を閉めながらアンがそう呟いたのを聞き、ジグが感心したように目を丸くしながらその本を手に取る。ずしりとした確かな重みが伝わる。


「あぁ、そういえば新しくお仕えさせて頂くところの主人もかなり本がお好きだったような」
「新しく……?」
「……以前仕えていた所には悪魔がいてね、色々と耐えきれなくてお暇を頂いたんです」


 本を開き、文字に目を走らせながらそうジグはぽつりと返答した。その顔は先程の穏やかなものとは違い、本人は取り繕っているつもりなのかも知れないが怒りや嫌悪が滲み出ていた。
本の背表紙を強く握り締めそうになったところで我に返ったジグは努めて冷静になろうと首を静かに横に振る。


――あの男の事を思い出すだけで今でも腸が煮えくり返りそうな感覚に陥る。だが、だからといってこのような所で晒すべきではない。


「ミスター・ジグ?その、顔色が……」
「あ、あぁ、いえ大丈夫ですよシスター・アン。それよりも忘れていた。こちらに来る前に買ってきた菓子なのですが、宜しければ修道院の皆さんでお食べ下さい」


 胸の前で手を組み心配そうにこちらを窺っているアンに向かってそう返すと、本を閉じて机の上に置き、椅子の上に置いていた菓子の入った紙袋を差し出し普段通りの涼しげな笑みを浮かべた。アンは戸惑いながらもそれを受け取り感謝の言葉を告げる。不安と心配が滲み出ている。
 その様子を見て無理に誤魔化そうとしすぎたかと苦笑すると、ジグは荷物がなくなったことで空いた椅子に腰掛け、そして向かいの席を手で指し示しながら首を傾げてみせた。



「……シスター・アン、お時間がお有りでしたら少しお話をしたいのですが。昔の事、最近あった事。貴女の話も色々と聞きたいな」



窓から差し込む日の光に当たりながら笑みを浮かべて頷くアンの姿は、まさに聖女のようだなと思いながらジグは笑みを返した。








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暫く会話をした後、日も傾き、アンのお務めもあったのでジグはそろそろ修道院を後にする事にした。来た時と同じように正門までアンと共に行くと、ふとジグは塀の向こう側にある治療院に目線をやる。


「そういえばこちらにくる前にセムの所にも顔を出してみたんですが、どうやら街に出ているのか診療所に居なくて」
「確か今、風邪の患者が増えているとか……往診に向かっているのかもしれません。ミスター・ジグもお気をつけ下さいませ」
「ええ、シスター・アンもお気をつけて。それではまた」


別れの挨拶をした後、敷地を出て背後で門の鍵が閉じられるのを聞きながら、ジグは街の方へと続く石畳の上を歩き始めた。
暫く足を進めた後アンの声が届く。


「ミスター・ジグ……皆等しく一つの命を持って生きる者、そこに貴賤や種族など関係ありません」
「…………」


その声にひらりと手を振りながら答えたジグの表情はなんとも複雑なものであった。






――そう言われても俺はきっと、悪魔を許す事は出来ないだろう。





 日が落ちるのが早くなった薄紫色の空を見上げながら、胸に渦巻く思いを追い出すようにジグは深い溜息を吐いた。







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数日後にエーデル君と初対面な辺りで。


アンさんにはきっと全部言ってるジグ。
そしてセムさんにはタメ口なのにアンさんには敬語なジグたるや←



お借りしました!
冴凪さん宅アンさん(@sana_mif)

お名前のみ、またふんわりと
冴凪さん宅セムさん
みそさん宅シュティレさん(@misokikaku)



2015/11/21


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