さながら鬼ごっこのようだと、九十九屋真一は自分の例えに苦笑を漏らした。何が、というと池袋名物、二十四時間戦争のことである。何枚も上手の折原臨也を追い掛ける平和島静雄の必死さと思慮の浅さは、いつかみた鼠と猫のアニメを彷彿とさせる。
九十九屋は原稿の片手間でそんなことを考えつつ、ちらりと自らのパソコンを眺めた。機を見計らったように、それは電子音を鳴らし文字列を表示する。


(折原臨也 復活!)


ほらきた、と九十九屋はペンを放り出しパソコンへ向かう。
九十九屋はパソコンで原稿を書かない。デジタル化が進む昨今の中、手書きの原稿を提出する稀な作家だ。尤も編集部としてはデジタル原稿の方が助かるのだろうが、彼はそんなことに興味はない。原稿の出来は早い上、九十九屋の文字は大層綺麗で読みやすい。更に担当編集者が“たまたま読むことができない漢字”には必ずルビが振ってあるのだ。それは難読漢字に限った話ではない。よって編集部も文句をつけられずにいた。尤も、編集部が文句をつけようとしているかは解らないが。


「九十九屋、聞きたいことがある」


折原臨也という文字の後ろに、そう文字が踊る。それに対して九十九屋はパソコン初心者丸出しの、人差し指タイピングで返答する。すぅっ、と眇められた目は、子供を見守る大人の色をしていた。


「今日の粟楠会の不可解な動きについて、何か知らないか」


ああ、せっかちだなあ。九十九屋はそう肩を落とす。せっかく書きかけた返答をバックスペースキーで削除し、また打ち直す。いかんせん九十九屋は、あまりパソコンと仲良くないのである。


「お前の方がこっち系は詳しいんじゃなかったか?また後手に回ってるのか」
「五月蝿い」
「天下の折原臨也が落ちぶれたもんだ」
「黙れ、タイピング遅いくせに。どうせ人差し指でちんたら打ってるんだろ。なにがベストセラー作家九十九屋真一だ、田舎者が笑わせる」


折原の支離滅裂な厭味にのんびりと返信し、九十九屋は微笑む。人間らしすぎて人間らしくない折原が、人間らしい反応を示していることが、微笑ましくて仕方がなかった。


「皆まで言うな、気にしているんだこれでも」


画面と電脳の向こうで、折原が不愉快そうに凄い勢いで文字を打つ姿を易々と想像出来る。


「もういい、落ちるよ」
「機嫌を損ねたなら謝るさ。まあ、粟楠については俺も知らないのでね。うん、諦めてもらうとして他なら何でも答えてやるから」


そう打ち込んだ後、なかなか返事が来ないので本当にログアウトしたと仮定して、九十九屋が執筆に戻ろうとしたとき画面に文字が表示された。


「お前の、個人情報」


それを見て九十九屋は嬉しくなった。
折原が鬼ごっこをしているのは平和島で、折原が観察をしているのは人間で、自分は彼の児戯にくわえて貰えはしないと思っていたのだ。
嗚呼、じゃあ俺達はかくれんぼか。そう呟いて九十九屋は人差し指を動かす。


「仕方ない、まずはスリーサイズからでいいか?」
「馬鹿かお前」




チャイルドプレイ



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