3月21日、春分


【報告書】


任務内容:二級含む複数体の呪霊の修祓
日時:2007年3月21日(水) 16:00-21:00
場所:東京都某所某学校
呪術師:みょうじなまえ
補助監督:豊国史太郎


任務詳細
新年度が始まる三月下旬。新しい環境や人間関係に対する不安感から、不特定多数の場所にて呪霊が頻出。
特に、学校施設に多く出現している。

その中でも、周りの呪霊を取り込み成長した二級呪霊を払うため、呪術師を複数名派遣予定。

15:30
任務概要をみょうじなまえ(今後甲とする)に伝える。準一級呪術師である甲は一人で十分と主張。

16:15
甲は現地に着く以前、別の現場(学校)にて二級含む呪霊を数体祓い、その階級と力量差から甲一人で十分との判断に上層部が至る。本任務は甲の単独任務となる。

17:00
甲現地入り
補助監督が帳を下ろす。

17:50
呪霊の気配がなくなる。

18:00
修祓完了にいたる。

20:00
しかし、数時間経てども、任務にあたった甲が合流地点である校門前に姿を現さず。

21:00
呪霊の姿はなく、残された残穢を複数の呪術師(五条悟、夏油傑)が確認後、甲を死亡と判断する。

以上

報告者:豊国史太郎(呪術師死亡のため代筆)


:

最悪だ。四方八方見渡す限りの闇。手を前に伸ばしてみても何も触れる気配はなく、足を動かしてみても、進んでいる様子も後退している様子も足踏みしているのさえわらない。
一寸先は闇どころかお先真っ暗。何も見えない。わからない。

体感では数分しか経ってないと思うけれど、打つ手がないというのはなかなか精神にくる。このままじゃいくらなんでも発狂してしまう。ポジティブが取り柄なのに。
その辺に置いてあったプリンが悟の物だと知らなくて、黙って食べたさっきだってなんとかなったし。
でもあれは悟が悪い。教室にプリンが五つあったら、わたしと先生と硝子と傑と悟分だと思うじゃん。ちょうど五つだったんだから。
それに硝子と傑も黙って私が食べてるの見てたじゃん。そういう場合じゃなかったでしょ。止めてよ。全部悟のだって知ってたらわたしだって食べたりしなかったよ。たぶん。だからあいつらも共犯だよ。

はぁ、誰か助けにきてくれないかな。

嫌だなぁ。助けられるの数時間後とかだったらどうしよう。プリン食べたの三時のおやつだよ。もう晩ご飯の時間だよ。

そもそもわたしが油断しなければ敵の最後の悪あがきである生得領域に閉じ込められることはなかったんだ。確かに祓った手応えと感触があったから、大丈夫だと思って校門にスキップで駆けていったというのに。
まずその前に祓ったんだから、生得領域は消えて然るべきでは? 困っちゃうよ。そんなとんでもないイレギュラーされちゃったら。
あ、だから二級なのかな。確かに二級にしたら弱かったもんな。三級の手ごたえだったもん。反省反省。

準一級であるわたしが任務やらかしたとなると、いや実際にはやらかしてないし、ちゃんと祓ったけど、尻拭いには誰が派遣されるんだろうか。

うーん。悟か傑かな。この場所に近い方が来るよねきっと。
絶対嫌味を言われてしまう。こんな雑魚に何を手間取っているのかと。悟のあのにやけ顔で馬鹿にされるに決まってる。傑だって呆れるに違いない。あの細い眉をハの字に下げて、ドンマイと雑く慰める未来が見える…!
それから悟からは「貸しだからな」という憎たらしい一言を添えられてしまう…!

というかわたし、助けられる前提で考えてたけど、生得領域が自然消滅するまで放置される可能性もあるな。嫌だ。嫌だなぁ。



:


「呪術高専生ですか?」

声と共にわたしを取り巻く闇が祓われた。
ありがとうございます。助かりました。よかった! 自然消滅まで待つパターンじゃない!
しかも声的に悟でも傑でもない…! 不幸中の幸い! あのクズどもにどやされずに済む! っしゃ!
わたしの尻拭いをしてもらってすみません。期間限定フレーバーのハーゲンダッツ奢りでいいですか?

「はい。二年のみょうじです。すみません。助けてもらっちゃって。…ん?」

あれれ? 高専の制服を着ているけど、みたことない顔だ。誰だ? 新入予定の子かな? なんかちょっと初々しいし…。

「伏黒です。4月から高専入学します。よろしくお願いします」

え、えっー! うっそ、まじ???? 入学前ってことは今は中学生じゃん。まじで? そんな子に助けられたの? この子もしかして特級呪術師かなにか? でもその割に性格がクズくなさそう。きちんと挨拶ができる。いい子だ。
いや、待てよ、引き合いに出す悟と傑ががら悪過ぎるだけでは? そうだな。そうだよね。正解出ちゃったな。わたし名探偵すぎるな。

「あ、伏黒くん! 今何時?」

「今ですか? 18時半すぎですけど」

ほんとに! なーんだ。わたし生得領域に閉じ込められて全然時間経ってなかったじゃん。無駄な時間過ごしちゃったな。悟と傑に文句言われてもいいようにイメトレする必要なかったじゃん。皆無だったじゃん。

伏黒くんはそのまま校門前に止まってる黒い車に近づく。
豊国さんめちゃくちゃ車飛ばしてくれたのかな。申し訳ないな。わたしが生得領域に閉じ込められたと分かって近くにいた特級呪術師(推定)をピックアップしてきてくれたのか。

めちゃくちゃ感謝しよ。
と思ったら全然知らない人が車のそばに立ってた。だ、だれだ。
知らない補助監督さんかな。きっとそうだな。豊国さんじゃない。どして。

あ、なるほど。
豊国さんが高専に入電。近くにいた補助監督さんが伏黒くんをピックアップしてきた感じかな。

「初めまして。二年のみょうじです。お手数おかけしました。ありがとうございます」

「初めまして。補助監督の伊地知です。では早速高専に戻りましょう」

よろこんで! いい感じにお腹すいてるしばっちり晩ご飯の時間だね。間に合ってよかった。
なんだか、安心したら少し眠くなってきたな。そういえば今日二級数体祓ってるからな。その上生得領域に閉じ込められてたから、気を張ってたんだろうな。

伊地知さん運転上手いし、ちょっと寝させてもらおう。

…………。



:

伊地知は高専の帰り道、いつもよりゆっくりと車を走らせていた。彼は緊張しているのだ。

伊地知の挙動が少し不審だと伏黒は気づいていた。
顔を強張らせたのが、みょうじを見たとき。
それは一瞬で、みょうじに名を名乗られたときにはいつもの疲れた表情に戻っていたが、どうも気になる。

確か、五条から伝えられた内容としては、廃校にもかかわらず、呪霊が沸かないのがどうにも気になるから、呪霊を寄せ付けない結界術か呪物がある可能性あるかも、ない可能性の方が高いんだけどね! ちょっと見てきて。という、小学生でもできそうなお使いレベルの任務だった。

だから呪術師が先に現地にいてもおかしくないと伏黒は考えたのだ。ただびっくりしたのは、みょうじが影からしゅるりと現れたことぐらいだ。
でも自分と似た術式を持つ呪術師がいるのだ、と思った。
伊地知がおっかなびっくり幽霊を見たような表情をする意味がわからなかった。

車は相変わらずゆっくりゆっくりと進み、教習所でももうちょっとスピード出させるだろ、といったことがない伏黒をそう思わせるぐらいには伊地知は超絶安全運転だった。
そのおかげでみょうじはぐっすりすやすやと夢の中だ。

やっと高専近くのコンビニまでやってきたかと思うと、そこの駐車場に車を止めた。
はて、と伊地知の不思議な行動に伏黒はバックミラー越しに伊地知を見る。
そして、またもや驚く。

伊地知が冷や汗をかいていた。
こんな伊地知は今だに見たことがない。まだ数回しか送迎してもらったことはないが、五条から電話がかかってくる以外にそんな悲壮に満ちた顔をするなんて。
もしかして、このみょうじとかいう先輩はやばい奴なのだろうか、と邪推する。

伊地知はバックミラー越しに伏黒とみょうじに目線をやる。
みょうじが深く呼吸をしているのをきちんと確認してから、伏黒にまたも目線を向けた。
一旦車から出るように、と目の動きだけで指示をされる。

伏黒は状況はよくわかっていないが、良くないということはわかったので、静かにそっと外に出た。

車から少し離れたところで、伊地知が深く息をはいた。

「伏黒くん。彼女が妙な動きをしたらすぐに戦闘態勢になれるようにしておいてください」

伊地知が小さく慎重に言う。

「みょうじという生徒は二年どころか呪術高専内にはいません。彼女は高専の制服を着ていますがそれは信用できません」

「は」

影から出てきた彼女。高専の服を身につけていて会話がきちんとできる。これは知能のある特級呪霊ではないのか、と伊地知が考えていたことが伏黒にも伝わった。
一体どういうことだと問う前に伊地知はどこかに電話をかけていた。

あまりにもまずい。自分はまだ高専に入学もしていないし、特級だなんてそんなもの祓えない。
ましてや高専の制服を着ているということは高専生の誰かを手にかけて、手に入れたと言える。
一気に血の気が引いた。

数コール後、相手が出たようだ。

「五条さん! 伏黒くんと例の学校に行きましたが、やっぱり何もなく代わりにみょうじと名乗る高専の制服を着た女の子がいました! どういうことでしょうか」

伊地知は車で眠る彼女のことを配慮して、小さな声で五条を詰める。

『は?』

「いや、は? じゃありませんよ!」

伊地知が今にも泣きそうな顔だった。
伏黒は五条と伊地知の会話を聞き漏らさないように集中していた。

「廃校なのに呪霊が沸かないそんなおかしなところに意思疎通のとれる人! しかも高専関係者のような口ぶり! でもみょうじなんていう生徒も呪術師もいないじゃないですか!」

『伊地知、それ刺激しないで、高専に連れてきてくれない? 学長も呼んどいて。僕もすぐ行く』

五条は怒っていた。静かな声音なのにピリピリとしたのが伏黒にも伝わってきた。伊地知はどうして五条が切れたのかわからず心の中で泣いた。
五条が悪いのだ。何もないと思うから、なんてそんな軽い感じで伏黒に任務を押し付け、伊地知をパシリにしておいて、挙げ句の果てには逆ギレ。

本当に理不尽。伊地知はどうしようもない感情をどこにぶつけるでもなく、自分で自分を慰めるしかない。
伏黒に至っては、まだ正式に入学してもいないのに、結果的にこんなやばそうな事に巻きこまれてしまって、災難だった。

とりあえずこの得体の知れないものを高専内に入れるわけにはいかない。
伊地知は引き続き超安全運転で高専の門前に車を停めた。




:


気付いたらもう高専についてて、伊地知さんと伏黒くんは車を降りていた。
ええ、着いたなら一言声かけてよ。ぐっすり寝てたとしても起こされれば起きれるよわたし。
うんしょ、と車の扉を開けて外に出たら二人が一斉にこちらを振り返った。
え、わたしそんなにぐっすり寝てた? 朝まで起きないコースだと思われてたのかな。ちょっと恥ずかしいや。
大丈夫、よだれはたれてなかった。

「伊地知さん、伏黒くん、ありがとうございました。では先に失礼しますね」

伊地知さんがえ! みたいな顔をしてこっち見てくる。どうして。だめなの? 伏黒くんも眉間にしわ寄せてるし、なに? 報告書明日書こうって決めたことバレた? 確かにまだ全然晩ご飯の時間帯だし報告書かける時間あるけど、明日で良くない? この二人、もしかして真面目か? その日の報告書はその日のうちにっていうタイプかな。建人と一緒なのか。そうか。報告書、書かなきゃだめかな。めんどくさいな。

ええー嫌だな、やっぱり報告書明日にしよ。なんて思ってたら何やらバタバタ走る音が。
そちらを振り向くと夜蛾先生が。
うわ、担任来ちゃったよ。これは報告書今日書かなきゃ怒られちゃうな。くそくそ。やられた。

「みょうじ?」

え、まさかの名前だけ。これはしらばっくれられないな。ガチ起こりの時の呼び方じゃん。声も震えてるし、どうしてそんなに怒ってるの。こわ。

任務でやらかしたからですね。はい。ごめんなさい。ゆるして。
でも命あったし五体満足だし許して。ね。今ならなまえちゃんスマイルつけちゃう。出血大サービスだよ!
まあ、二級なんていう雑魚に遅れを取るなという話なら耳が痛いですが、説教は後にしてくれませんか。お腹がペコペコなんです。
人間生きるためには衣食住がとっても大切! そうでしょう! 先生! 今わたしには食が欠けてるんです! 今すぐに補わなきゃ! これは生命活動の危機だよ、せんせ!

その場からどうやって逃げようかなと考えてたら、両肩にいきなり衝撃が。

え、なにこわ、なにが起こったの?
そこには、なんということでしょう、わたしの両肩を両手でがっしりと掴む悟のご尊顔が。

はわわ。六眼で穴が開くんじゃないかというほど見られている。貴重すぎる体験。レアすぎる。そしてこわすぎる。めちゃくちゃこわい。わたしの全て、奥まで見透かそうとしてるんじゃなかろうか。

待って、悟、背が伸びた? いや、絶対伸びたよね。あの三時のおやつのプリン四つ食べて晩ご飯の時間までに十センチ以上伸びた? まじ? キショ。

てか、なんでサングラスしてないの。美しい宝石みたいな双眸が丸見えだよ。迫力がすごい。
あー、相変わらず綺麗だな。でも、めちゃくちゃ指食い込んでるから力緩めてくれないかな。痛いんだよな。罵倒なら晩ご飯の後で聞くよ。

「なまえ」

悟が小さくわたしの名前呼んだ後抱きしめてきやがったんですが! こっわ! 嫌がらせか! 嫌がらせ? あ、新手の嫌がらせか。もうプリンの恨みは忘れろよ。あれは悟が一番悪いし、わたしを止めなかった硝子と傑が二番目に悪いしわたしはなにも悪くない。被害者だよ。ゆるせよ。明日同じプリン同じ数だけ買ってきてあげるから。

「生きててよかった」

どうしたの急に…。お通夜の声のトーンじゃん。
そんなわたしが数十分生得領域に閉じ込められただけで死ぬようなか弱い呪術師だと? 確かに悟や傑と比べるとへっぽこよわよわ準一級だけど、そんな心の底から安堵するような案件じゃなかったでしょー。意外と心配性なんだな。知らなかった。あ、悟ヤンキーだもんね。ヤンキーは情に厚いっていうもんね。納得したよ。

んんん、まってこれ以上力込めないで。なにも食べてないけど何か出そう。くるしい。くるしいよ悟。

「そんな、数十分閉じ込められてただけじゃない。大袈裟だよ」

離してくれー! と悟の肩をタップする。もうギブですわたしの内臓とか骨たちがそう言ってます。

ベリッ! という効果音とともに悟がわたしを引き離す。実際にベリッ! なんて音はなってないけどわたしには聞こえたよ。
圧倒的力の差…。

「今何年何月何曜日!」

「3月21日水曜日」

ね! 伏黒くん! 悟の剣幕怖すぎて思わず伏黒くんの顔を見て確認したけど、うなずいてくれた。あの子やっぱりめちゃくちゃいい子だよ! 期間限定のハーゲンダッツプラスバラエティーボックスも受け取ってください。明日渡しに行くね。

「何年!」

「2007年」

ね! 伏黒くん! あれれ、今度はうなづいてくれない。それどころか顔引きつってるよ。なんで。もしかして、悟の顔やばすぎる? やだやだそんなの怖くて見れないじゃん。

今度はバシッていった! バシッ! って! バシッて抱きしめられた。こわい悟。情緒不安定じゃん。怒ってるのに抱きしめるとかやばいよ。心と体ちくはぐじゃん。同級生のなまえちゃん心配。
ハードな任務のストレスのせいだよ。硝子は心の病気みれないかもしれないけど、一応みてもらおう。ね。いい子だから。わたしは傑とそこにいる担任に任務減らしてもらえるようにお願いしにいくから。

「なまえ…?」

およよ、悟の肩越しから聞き覚えのある声が。ぐぎぎとなんとか顔を動かして見てみれば硝子。
硝子? わたしが任務行ってる間に美容院いったの? 茶髪にしてエクステもしちゃったの! 硝子だけが見た目優等生だったのに、この学年わたし以外みんなヤンキーになってしまった…。そっか…。わたしも金髪にした方がいいのかな…。

「ほんもの…?」

えっっっっっっ。硝子、なにその言葉怖いんですけど、わたしの偽物が出たの? だったら悟がなんかべたべたしてくるのまあわかるけど、いや、わからないな。悟そういうタイプじゃないよね。べたべたするの好きなタイプじゃないでしょ、むしろ嫌いなのでは? 雑魚は弱いから群れる、と嘲笑してた人間ではなかったっけ。



:


五条やってくるのが先か学長がやってくるのが先かはわからないが、みょうじという人間が目を覚まさないことを祈った。

まだ少し肌寒い三月下旬。これからもっと呪霊が増えてくる。気を引き締めないといけないと思いつつ、みょうじから意識を逸らさない。
伊地知も同様で、先ほどから忙しなく目線が泳いでいる。早くどちらかが来てくれと心から願ったのは今日が初めてだと思う。いつもなら五条からの電話にどきりと緊張させられているが、五条が現れるのを今か今かと待ちわびるのは今日で最初で最後であることを祈る。

ぱたん。と背後で音がする。
最悪だ。学長がくるよりも、五条が来るよりも先に彼女が目覚めてしまった。
そして、丁寧に挨拶してからこの場を去ろうとしたが、それは困るのだ。

どうやって彼女を引き留めようか、どういう言葉をかければ刺激せずに足を止めてくれるだろうか。
うんうんと頭を回転させてみるが、上手い言葉が見つからない。一体どうすればいいと焦り手に汗握るような状態である。

彼女は伊地知の顔をみて、伏黒の顔もみて、申し訳なさそうに動きを止めた。これはチャンス。
いやこの状態で誰も来なければ終わりなのだが、少しでも足止め出来たことをよしとして欲しい。

そこから学長がすぐにやってきて彼女を見た瞬間、震えた声で名前を呼ぶ。
そこまでやばいのかと足の力が抜けそうになる。

そこに、間髪入れずに五条が現れる。
彼は彼女の肩をきつく握りしめた後抱き寄せた。
伊地知と伏黒はそろって思考停止する。

五条は彼女を祓いにきたのではないのか、と。

いつものアイマスクは着けておらず、髪は重力に従うままの状態だった。だから、現れた時は、『本気』なのだと思ったが、違うのか。意味がわからない。
五条の行動を、一挙一同を見逃さないように見つめる。

相手を心配する言葉といい、大切なものを抱きしめるというか、抱いてすがるような行動はどう考えても、意味がわからない。

五条とみょうじは、みょうじの言葉をそのまま信じるならば、十以上年が離れている。
今までになにかしらの接点があったのだろうか。
五条の知り合いであれば、伏黒の存在を知っていると思うのだが、その様子はなかった。伏黒はもちろんみょうじのことは一切知らなかった。

伊地知と伏黒の二人の思考が混沌を極めつつある中、家入が暗闇から姿を表す。
五条の腕の中で小さくなっている存在を認めると、両手を口元に持っていく。その手は震えて見えた。

一歩一歩と確実にみょうじに近づいていく家入。

家入は戦闘はからきしだ。その家入が近づいていくということは害はないのだろう。
しかし、この状況を誰も説明してくれない。






:


硝子、茶髪でもエクステ付けてもやっぱり美人に変わりないね。しかも大人っぽくなって、照れちゃう。こんど大人っぽいコーディネイトとかメイクとか教えてね。約束ね。あ、その間タバコは控えて頂けると嬉しいです。いくら慣れたといっても、苦手なものは苦手なんだ。ごめん。

「硝子、髪染めた? 大人っぽいね。似合ってる」

女子の変化に気づいたらいち早く言わなきゃ。話題は新鮮なうちに。誰かに見せるために変化させてるわけじゃないと思うけど、やっぱり気づいてもらえたら嬉しいもんね。

「うぅ…!」

しょ、硝子が泣き崩れた????
なんで!? え、悟も傑もこんなに変わった硝子みてなにも言わなかったの? 嘘じゃん引くわ。だから彼女できないんだよ。
めちゃくちゃ素敵な髪型じゃん。前のボブも似合ってたけど!

待って待って! なんで! 悟! 力が強くなって! うぇ! 馬鹿か!

硝子を今すぐ抱きしめたい。でもできない。
なぜなら、わたしは今現在悟に背骨を真っ二つにせんという強い力の元で抱きしめられていて、身動き取れず、足元も地面から浮いてるからだ。かろうじで靴先はついてる。

さっきから唯一自由に動く手を使って悟を叩いてるんだけど、これに全く気づいてくれなくて。いや、気づいてるかもしれないけど、完全に無視されてる。くるしい。まじで折れる。

「なまえ、おかえり」

そんなん今まで言ってくれたことないじゃん。めずらしい。わたし任務行ってる数時間、とんでもないことが起こっていたのでは? 悟の反応バグってるし、硝子もこんな些細なことで泣くような人じゃないし。

ただいま、と絞り出した声の汚さに、悟はやっと力を緩めてくれた。もうちょっと遅かったらわたしは酸欠で悟に殺されてる。

「十一年ぶり。会いたかった」

は? 
 
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