グリフィンドールとの合同授業が終わりいつもなら、そのまま夏油たちと一緒に大広間で昼食と取る。でも今日は夏油は呼び出しがあったそうで、五条と家入と大広間に向かうことにした。

夏油はすぐに終わらせるから、と教室を出た時私にだけ伝えてきたが、夏油の分の食事は確保しておくからゆっくりで大丈夫だと返事をした。そしたら、家入がフフっと笑っていたし、五条はニヤニヤしていた。そして、夏油に用事があるグリフィンドールの女生徒は、不安そうな表情を浮かべていた。

「私がなまえと一緒に昼食がとりたいから、ね?」

ニコリ、と優しく笑う夏油の顔は大好きだった。その笑顔で全ての人々を安心させることができると思うほどに。
それに一緒に昼食が食べたいなんて言葉、嬉し過ぎるのだ。やっぱり夏油は人を喜ばせる天才なのだ。はぁ、としみじみ喜びを噛み締める。
嬉しすぎて反応をうまく返せないので、軽く顎を引く。夏油はポンポンと私の頭を軽く撫でて背を向けた。やることがスマートすぎて心臓が口から飛び出るかと思った。最高すぎて言葉に言い表せない。本当に夏油は最高過ぎるのだ。
夏油の背中を眺めていると、中庭を挟んで向こう側に灰原と七海を見つけたので、声をかけて一緒に昼食をと誘った。


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「えーと、それでいつから付き合ってたんでしたっけ?」

灰原は先程ぐっと飲んだかぼちゃジュースで髭をつくったままの顔でそう言った。

何が? 誰が? 灰原の会話には主語がなく、何に対しての話題はわからなかったので、私は黙ったまま糖蜜パイを突き続ける。
モテにモテる五条の話だろうか? また告白されたのか? そして今回は付き合い始めたのだろうか? 五条の方を見てみれば、苦虫を噛み潰したかのような酷い顔をしていた。どうやら五条は当事者ではないらしい。
すすすっと視線を手元に戻した。灰原は一体なんのことを言ってるんだろうか、と思いながら私はパイを口に運び、咀嚼した。

「みょうじさん、あなたのことです」

灰原の隣に座る七海が腕を組んでそう言った。

「私?」

「そうです。いつからでしたっけ?」

「……なにが?」

灰原は服の袖でぐっと口周りを拭いてから再度同じ問いを口にする。私は本当になんのことかわからなかった。
灰原は私の様子を見て首を傾げた後、七海、五条、家入と順番にアイコンタクトを送って、頷いてから私に視線を戻した。

「夏油さんといつから付き合い始めたんでしたっけ?」

「付き合ってない」

灰原がとんでもないことを言うものだから、飲み込もうとした糖蜜パイを吐き出すかと思った。
しかし、灰原がそんな誤解をしているとは全く知らなかった。
いやいや、夏油は全ての人間に優しいのだ。他寮生の私だけでなく、灰原にだっていい先輩だし、七海にだって尊敬される先輩だ。
もちろん、私たち以外の他の寮生たちだって夏油の人間の出来過ぎには惚れ惚れしていると思う。優しい部分以外にももちろん素晴らしいところがたくさんあるので、私に優しくしている一部だけを切り取って付き合っているだなんて想像力を働かせた灰原にただただびっくりしてしまう。
灰原の考えでいくと、夏油はホグワーツの全校生徒と付き合っていることになってしまうのに。

「え、じゃあ、さっき頭をポンポンされていたのは一体?」

「?」

そりゃ、夏油レベルの素晴らしい人間だと息を吸うように頭をポンポンするだろう。ペットのフクロウにするのと同じように。それがペットか私かだけの違いで、身近な相手に対する愛着の表現方法に他ならない。
当たり前のことだとそう灰原に伝えてみたら目を丸々とさせていた。
七海は眉間を揉んでいた。先程受けた魔法史の眠気を覚ましているんだろう。五条は大きな両手で顔を覆っていた。肩が震えていたからくしゃみでも我慢しているのかもしれない。家入は乾いた笑いをこぼしていた。午後のスリザリンとの合同授業が憂鬱なのだろう。

「夏油さんから、告白されたことはありますよね?」

「ない」

「夏油さんのことはどう思ってますか?!」

「大好き」

私は確かに夏油のことが大好きだが、だからといって付き合っているという思考になるのは本当に突飛が過ぎるのだ。灰原は一体どこを見てどう解釈してしまったんだろう。ただただ不思議だ。
灰原の勘違いがとんでもなく凝り固まっていることに驚きつつ冷静に返事を返したら、五条が爆発した。文字通り。
「腹ぁ、腹痛ぇ」と頭をテーブルにくっつけてひぃひぃしながらお腹を抱えていた。
「えぇ……」と灰原が気の抜けた声を漏らす。

「なんの話?」

五条が首まで真っ赤にさせて笑い転げているところに、夏油がやってきて私の隣に座る。

「夏油が5年間も何やってんだって言う話」

「あぁ……それね」

家入の言葉に決まりが悪そうに返した。夏油が5年間も取り組んで、未だなし得ない難しい問題があるらしい。それはグリフィンドールである五条と家入との共通の話題らしい。
私は夏油が食べるだろうと思って取り分けていた料理をせっせと夏油の食べやすい位置に移動させ、ドリンクも手渡す。ありがとう、とお礼を言ってから夏油はゴブレットに口をつけた。

「私の好きなものばかり取っておいてくれたんだ、嬉しいよ」

だって夏油には少しでも幸せになって欲しいから、好きなものをたくさん食べて欲しいから、そう思っていたら夏油の好きなものばかり取り分けていた。それに気がついてさらりとお礼を言えるそんな夏油が素敵だと再確認した。

「夏油が5年も取り組んでる課題って?」

「……」

聞いてもいいものか分かりかねたが、言いたくないことはキッパリと断るから、一応ダメ元で聞いてみた。が、教えてくれる気はないらしい。うん、それなら仕方ない。誰しも人に言いたくないことの一つや二つはあるだろうし。夏油の横顔は土から無理やり掘り起こされたマンドラゴラより渋かった。

「はは、まじかよ。かわいそう」

食後のコーヒーを飲みながら、家入が笑う。

「さっきの呼び出しって告白?」

五条が未だにお腹を押さえながら夏油に言った。夏油は「うん、まあ、そうだけど」と歯切れ悪く返し、ばっ、と上半身を私の方に向けた。

「なまえ、しっかり断ってきたからね。本当にキッパリ断ったから」

「う、うん」

あまりにも剣幕で言うものだから私も釣られて神妙に返事を返した。やっぱり夏油は素晴らしい人間なので多くの人から好意を寄せられてしまう。それは全くもって誇らしい。だって夏油の素晴らしさに気がついていると言うことだから。うんうん、やっぱり夏油は素晴らし過ぎる人間なんだなと再確認する。優しいし勉強はできるし、穏やかだし、気配りも抜群。好きにならないわけがないのだ。

「後2年でどうにかなるのか?」

「どうにかしないとでしょ」

「確かにそうだな」

五条と家入がうんうんと頷きあっている。
夏油が5年も時間をかけてしていることはなかなか達成することが難しいのだろう。心の底からエールを送っておこう。
一生懸命に祈りを捧げる私の元にひらひらと手紙が飛んできて、手元に収まった。一体なんだろう、と中身を確認し、素早くポケットにしまう。それから時計を確認して、胸ポケットにしまってある杖に想いを馳せ、いくつかの呪文を脳内で練習し、立ち上がる。

「呼び出されたから行ってくる」

「誰に!?」

夏油に腕を掴まれた。本気で驚いている顔をしていて、呼び出された相手を言うまで話してくれなさそうではあったが、今回の相手は教えられない。
だって、手紙の相手は禪院直哉だからだ。校則を破ってこちらに被害を加えてきそうな顔をしているくせにきちんと決闘し優劣を決めようというのだ。この決闘負けるわけにはいかない。私に才能はないが、天才と秀才である五条、家入、夏油と共に勉学に励んでいたし、同じ寮の後輩である灰原や七海と勉強会と開くことだってする。
夏油に少しでも追いつきたくて同じ景色を見たくて頑張っているので、その努力を禪院直哉に踏み躙られたくはない。それに、本人は忘れているだろうが、ホグワーツ特急での許せない発言を撤回させるまたとないチャンスだ。絶対に打ち負かしてやる。

「なまえ、誰に呼び出された?」

なかなか相手の名前を言い出さない私に夏油は痺れを切らした。
夏油に禪院直哉に呼び出されたと伝えたら、呆れられるに決まっている。ホグワーツ特急で無理をするなと言われたから。いやでもこれは、無理ではないし、正々堂々とした決闘だ。夏油が心配するようなことじゃない。

「お願いだから教えてくれないか?」

にこり、と夏油は笑った。夏油のお願いは叶えたい。叶えたいが、ちょっと今回の件に関しては見逃して欲しい。

「いくら夏油でも教えられない」

じゃあ、と私を掴む夏油の腕を自由な方の手で離して、その場を駆けて離れる。夏油がガタガタっと長椅子に躓いた音がしたが、振り返らずにスピードを上げた。

「待ってくれ!」

「は? なまえ、あいつ正気かよ?!」

「うわぁ! でも確かにみょうじさんは監督生だし僕たちの寮では人気者ですよ! 本人は自覚ないみたいですけど!」

「夏油さんと付き合っているから、告白できないなんて言う噂も聞いたことありますね」

「夏油やばいじゃん。なまえに彼氏できたらどうするの」

「相手に服従の呪文」

「わ、笑えねぇー!」

バタバタと大広間から明明後日の方向へ駆け出す夏油たちを見届けてから、私は禪院直哉が待つ部屋へと急いだ。


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まあ、もちろん予想はできていた。決闘するための手紙は寄越したものの、正々堂々とルールに則って決闘するかどうかは別だと言うことを。
介添人の省略、これはそうだろうなと思っていた。お辞儀をしてからは、もうなんでもありの本当の決闘だと思った方がいいというのも。
ただ、予測できなかったのは、お互い素手で殴り合うとは思っていなかったところだろうか。

お辞儀をしてすぐに私の杖は利き手から飛ばされてしまった。一瞬の出来事で、勝ちを確信した禪院直哉の隙を突き、夏油から教えてもらった格闘技で禪院直哉を投げ飛ばし、杖を奪って、気絶させようと思い杖を振ると、義理堅い杖だったようでうまく呪文がかけられなかった。仕方がないので、杖の両端を持ち太ももに思いっきり振り下ろして真っ二つにして投げ飛ばした。
その間受け身を取った禪院直哉が下からこちらを睨みつけて、殴りかかってきたから、私もそれ相応の対応をし始めた。

でもまあそれも長くは続かない。近くを通ったゴーストたちが1人2人と観客にまわり、物音を不審に思った生徒が部屋の扉を開けてしまったことによって、禪院直哉と私の決闘は、どちらが勝者か決着が決まらないまま終わりを告げた。

扉を開けたのはグリフィンドールの伊地知で、私と目が合うないなやその場を駆け出そうとしたので、夏油にこのことを言われる前に口止めしなくては! と私に馬乗りになっている禪院直哉を頭突きで怯ませ、部屋から飛び出した伊地知を追いかけた。

「夏油には言わないで!」

やっと追いついた伊地知にそれを伝えたとき「このクソアマが……!」と言う声がして私の意識は途切れた。


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