夏油くんを送迎するときは、任務が終わるまで車内で待つのが最近できた決まりだった。
他の呪術師であれば、呪術師と呪霊の階級や数のバランスを考慮して、一度高専に戻るか、他の呪術師の送迎に向かうか、と計画を立てるのが普通で、今まで通りはそれでよかったのだが、彼らの学年にはここ暫くはそれは適応されなかった。
彼らは呪術界きっての傑物揃いで、五条くんと夏油くんはどんな任務も瞬きをする間に終わらせてしまうし、唯一紅一点の家入さんに関しては、他人に反転術式を施せるといったひっくり返るほど驚く才能があった。
だから、彼らの送迎をするときは専属の運転手になる日だった。朝から晩まで任務の梯子コースだ。

「ハズレばかりですね」

はぁ、とため息を吐き、つい先ほど任務に送り出したばかりの夏油くんが戻ってきた。
彼の術式は呪霊操術だから、いつも強い呪霊を探し集めているのだけれど、今回の梯子旅では彼のお眼鏡に叶う呪霊は未だいないらしかった。朝から結構な任務数をこなしているので、本当に今日はハズレの日なんだろう。

「なまえさん、付き合ってくれませんか?」

暫くの沈黙の後夏油くんはそう言った。

「ん? いいよ。今日はどこで何食べる?」

夏油くんが任務の日は私は専用の運転手なのだから、彼の行きたいところへはどこへだって連れて行く。お昼ご飯だって任務地から少し離れた場所でも、労いの意を込めて彼を目的地まで運ぶのだ。さてさて、今日はどこで何を食べるんだろう。夏油くんが呪霊を取り込まない日は決まってガッツリご飯を食べるのだ。取り込むほどのレベルではない呪霊を祓う任務では、祓わなければならない呪霊の数がとにかく多い。だから、体力がごっそり奪われるのだと、以前カウンターの向かいにいる店員の顔が見えなくなるほどラーメンのトッピングをマシマシにした夏油くんがはにかみながら教えてくれたのは随分前だ。ついでを言うと替え玉もしていた。

「いえ、これは告白です」

「なんの?」

「なまえさんのことが好きです。付き合ってください」

「えぇ! どうしたの! 冗談だよね!?」

夏油くんはモテる。窓の人が夏油くんを見て色めき立つのを今日の初回の任務で目の当たりにしたばかりだし、彼の物腰の柔らかさと、思ったよりも細やかな気遣いができるところにノックアウトされている補助監督も多いと聞く。
だから、モテる人間の「付き合う?」ほど信用ならない言葉はないのだ。

「今日はエイプリルフールですよ」

ククク、と心底愉快そうに笑う夏油くんをバックミラー越しに確認して胸を撫で下ろす。
モテる男の「付き合う?」ほど信用ならないものはないといったフラグを早々に回収してしまった。

「ずっとどうやったら驚かせられるかなって考えてたんです」

「びっくりしたよ! 本当に驚いたんだから〜!」

「想像通りの反応してくれて嬉しかったです」

いまだにニヤけながらそう言う夏油くんに、自身のかつての学生時代を思い出して眩しくなった。夏油くんは結構大人びているけどやっぱりまだまだ学生なんだな、と少し可愛いと思ってしまう。

「朝からずっとどうやって悟と硝子を驚かせてやろうかと思ってたんですけど、なまえさんと付き合い始めたって言ったら本気で驚くんじゃないかと思いついて」

「朝からずっと?」

「はい。朝からずっと」

朝からずっと友達を驚かせるための嘘を考える夏油くんが眩しく感じた。いや、高専の補助監督のルールを変えるぐらい影響力のある青年が、朝から結構な数の任務をこなしながら考えていたことが、エイプリルフールのネタだなんて、なんだかちぐはぐな気がして、でも年相応な面もあるんだなぁと少しばかり身近に感じてしまう。確かに夏油くんは高専に入る前は一般の学校に通っていたらしいし、今日の感覚の方が当たり前だったんだろう。もう私が随分前に失ってしまった感覚だ。

「だからなまえさん、付き合ってください」

引く手数多のモテモテ夏油くんが、ただの補助監督の私と付き合うなんて言ったら、誰だって驚くだろう。みんなが目を丸くして、もしくは血相を変えて驚き否定する様子は想像に容易い。

「どうですか?」

「そういうことなら、もちろん」

「そう言ってくれると思ってました」

ほっと、胸を撫で下ろす夏油くんを見て、このエイプリルフールが上手く成功することを私も今から楽しみになってきた。
五条くんも家入さんも驚くだろうか。でも、夏油くんが2人を驚かせるために朝から考えた嘘だから、きっと驚く顔が見れるだろう。

「じゃあ、アリバイ作りに行きましょう」

「アリバイ?」

「今からお昼食べて、映画観てプリクラ撮りましょう」

「え、えぇ……?」

ちょうど公開したばかりの映画のタイトルを述べられて、それは夏油くんが任務を後回しにして普通に遊びたいだけでは? と疑いの視線を向けてしまう。

「嫌だな、なまえさん。あの2人を騙すには徹底的に準備しないと!」

夏油くんが私の視線に気づきすぐさまそう返した。
そして再度「徹底的に!」と元気よく言われて、確かにそれはそうだ。と私は夏油くんの本気っぷりに脱帽してしまった。

「2人の驚く顔が早く見たいね」

近くの商業施設に目的地を設定して車を走らせた私に夏油くんは満面の笑みで返事をしてくれた。

フードコートでお昼を食べて映画を観て、プリクラを撮った後、クレープも一緒に食べて、携帯にはお揃いのプリクラを貼った。ついでに、信用を増すためにお互いの携帯で写真を撮りまくって、いかにも熱々のカップルです! というのを夏油くんの熱いプロデュースの元に遂行された。

「スーツと制服だと少しアンバランスじゃない?」

夏油くんが設定した待受画面をみながら、本当に思ったことを口に出していた。

「それが、逆に本当っぽくないですか? 仕事の合間を縫ってデートって……」

「そういうものかな……?」

「そうですよ」

仮初のデートの後はもちろん残りの任務を終わらせて、高専の車庫で最終打ち合わせをする。もうここまでくると、五条くんと家入さんの驚いた顔がなんとしても見たくなってきたので、夏油くんと計画のすり合わせは入念だ。

:

私はドキドキしながら学生寮に夏油くんと手を繋いで入った。
談話室にはリラックスした五条くんと家入さんがいて、意外に帰ってくるの遅かったな、とテレビから目を逸らさずに五条くんが言った。

「悟、硝子、聞いてくれ。今日からなまえさんと付き合うことになった」

夏油くんは私の心の準備がままならないまま開口一番今日1日大切に温めていた嘘を言い放った。
固唾を飲み込み、思わず夏油くんの顔を見る。夏油くんが頷きを返してくれた。

「あっそう。おめでとう」

「よかったな傑」

2人は驚くどころか、あっさりと嘘を受け入れて、私が驚きの声をあげてしまいそうになって、それに気づいた夏油くんが手を強く握ってきて、私は飛び出してしまいそうだった言葉をなんとか飲み込んだ。

そうして、あれれ? と思っているうちに2人は談話室から出て行ってしまって、私は手を繋いだままの夏油くんを仰ぎ見た。
夏油くんも顎に手を当てて、うーん、と唸っていた。

「もしかして今日はエイプリルフールって気づいてないのかも……」

「確かにそうかも。私も言われるまでただの日曜日だと思ってたし」

「明日は月曜日だから、授業中に今日がエイプリルフールだってこと気がつきますよ。明日の2人の反応が楽しみですね!」

「そうだね! 明日、2人がどんな反応したか教えてね! ここまでくると本当に2人の驚いた反応が何としても知りたいから!」

じゃあ、お疲れ様! と私は学生寮を後にした。

:

「なまえさん、俺たちがまだ気づいてないと思ってんの?」

「そうだよ」

「悪い男だな。いい加減ネタバラシしてやれよ」

4月2日、月曜日の朝。
いつも通り五条、夏油、家入の3人は担任が来るまで真ん中の机に椅子を寄せ合っていた。
会話のネタはもちろん、昨日のみょうじのことだ。
昨日夏油がしたり顔で談話室にみょうじと共に入ってきたときは五条と家入が目を合わすのを我慢するほどだった。

その日の朝、夏油は任務に行く前に2人にみょうじを彼女にして帰ってくると宣言したのだ。勘のいい家入がエイプリルフールにかこつけて? と確認すると、ニヤリと笑い肯定した。
そして宣言の通り、夏油はみょうじを彼女として2人に紹介したのだが、夏油の策にまんまとはまったのを少しばかり同情した。

「そんなことするもんか」

「あーあ、酷いやつだ。詐欺師だな」

「酷い言い草だね。チャンスをものにしたんだ。策士とよんで欲しいぐらいだよ」

「なまえさん、傑に騙されたっていつ気づくかな」

「気づいても気づかなくても結果は一緒さ」

「”夏油くん! エイプリルフールで2人を騙そうだなんて嘘だったのね! 今すぐ別れて!“って言われたらどうすんの」

「五条何それ、なまえさんの真似? 悲しくなるほど似てないね」

五条が顎に両手を当てて、甲高い声を出した。家入は乾いた笑いを混ぜながらツッコミを入れる。

「もちろん、押し通すさ」

「押し通す!?」

夏油の自信満々の表情をみて五条と家入は今度こそ顔を見合わせた。そして、策士夏油の餌食となったみょうじの身の安全を本気で案じた。


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