「なあ、おかしいと思わへん? 君のとこの寮は出来損ないの寄せ集めやからただのマグルの君が監督生になってしまうんは仕方ないと思うねん。でもな、グリフィンドールには悟くんがおるのに、なんで悟が監督生じゃないん?」

9月1日、ホグワーツに行くために乗り込んだホグワーツ特急の車内でスリザリン生に声をかけられた。
髪色は金髪で毛先は黒、個性的。耳には多くのピアスがつけられており、極め付けには人を蔑むような態度。こんなに特徴的な人間は生徒事情に疎い私でも知っていた。スリザリンの忌避するべき悪を具現化したような男、禪院直哉だということは。
そして五条に執着し、その親友である夏油を敵対視しているということも有名である。敵対視というか、不倶戴天とでもいうのか、とにかく夏油の何もかもが気に入らないらしかった。
それを夏油のことが大好きで彼に少しでも近づきたくて、幸せになって欲しくて負担を減らしたくて、少しでも同じ景色が、経験が共有できればと学生生活を積み重ねてきたこの私に言うのだ。この夏油至上主義であるこの私に。夏油を人生の何よりも優先されるべきヒエラルキーのトップに置いてある私に。

そもそもなぜスリザリンの彼がハッフルパフの目立たない一生徒に声をかけたのかが全く理解できない。もしかして、自分より立場が弱いと思っている異性でないと強く出られないのだろうか。家柄を傘に着てふんぞり返っているんだな。

「なあ、俺の言うたこと聞こえへんかった? 君に向かって言ってるんやで?」

列車の中はもちろん狭い。通路なぞ、お互いが半身になり譲りあって通らねばならないほど。だから、禪院直哉が私に向かって話しかけたというのは理解はできていた。ただ、それをあえて無視した。だって、彼に関わることで夏油にメリットが生まれるか? そもそも夏油に対する不満をぶつけられるだけに違いない。そんなことに酸素を使う暇なんかないし、禪院直哉も暇なのであれば黙ってコンパートメントで過ごしておけばいいのだ。禪院家に取り入りたい卑しい取り巻きたちと共に。きっとちやほやしてくれるだろう。

「聞こえてはいる。ただ答える義務はないし、今すぐそこを通して欲しい」

禪院直哉が背にしている扉の奥、監督生の集まりが開かれるコンパートメントに移動がしたい。学校到着まで時間がたっぷりあると言っても禪院直哉のこんな暇つぶしに付き合っている場合ではない。そんな暇の潰し方をするのであれば夏油とどれだけ授業が被るかを考えたいし、あわよくば監督生の集まりの時に時間割をどうするかそれとなく聞きたいのに。

「はぁ? 君生意気やで」

禪院家の教育はどうなっている? 五条も大概酷いと思ってはいたが、それがはるかに可愛いと思えるレベルだ。
何が純血だ。何が聖28一族だ。その中でも権威が強いからと言ってそれはお前が積み上げてきたものじゃない。本当に愚かだとしか言いようがない。夏油をみろ。非魔法使いの家庭で生まれて入学当時から、いや生まれた時から魔法界では知らないものはいない五条と比肩し続けている人物だぞ。
加えて、夏油はかっこいいし優しいしみんなに平等で努力家だし全ての人々が手本にするべき素晴らしい人だ。
血筋だけが偉い禪院直哉とは大違いだ。

「分からへんみたいやからちゃんと言葉にしたるわ。ほんまやったら悟くんが監督生になるはずやったけど、君が細工して傑くんが監督生になるようにしたんやろ」

ニヤリ、と片方の口角を上げ、腕を組む。背は扉に預けて余裕感を漂わせた。

「校長先生にどう取りいったん? それとも悟くんに色目でもつこたんかな? 売女やね」

気づいたら私は両手で禪院直哉の襟元を掴んでいた。
禪院直哉、クソすぎる。はらわたが煮え繰り返る。夏油が監督生になったのは夏油の実力だ。運動も勉強もできて実技だってできる。それに優しいし困っている人がいればやんわりと助けることができる出来すぎた人間なのだ。だから夏油が監督生になるのは必然で絶対だ。確かに、五条が監督生という可能性もあったが、どこからどう考えても夏油の方が適正が高い。話しかけやすく頼りやすい雰囲気を持っているだろうが。
こいつはなんなんだ。あまりにも酷すぎる。周りが見れていない。視野が狭すぎる。いや、だからこそこんな言動ができるのだろう。
私のことが気に入らないのはわかった。だったら存分に私の嫌なことを言えばいい。売女でもなんでも好きなように罵ればいい。でも、私の前で夏油のことを悪く言うのだけは許されない。絶対にだ。何があっても。

「うっわ。野蛮やわ。こんなんに好かれてる傑くんも大概やね」

禪院直哉の勝ち誇った顔を見て、ぐっ! とつめた息をゆっくり吐いた。冷静に。冷静にならなくては。
ああ、だめだ。ペースに乗せられてしまうのは得策ではない。一時的な感情に流されてしまうのは良くない。そうだ。わかりやすい挑発に反応するものではない。大きく息を吸おう。落ち着こう。
私は握りしめていた手を離す。そしてその憎たらしい顔を見ないように目線を下げて後ろに下がる。
時間をおいてから、監督生のコンパートメントにいけばいい。いくら暇を持て余している禪院直哉といっても、ずっとドアの前で通せんぼすることはしないだろう。とぼとぼと後ろ足で数歩歩き、そして踵を返す。

「図星やから言い返されへんの? 穢れた血やもんな。君たちは誰から魔法力を奪ってここにおるん?」

私は頭がスパークした。

:

「なまえ!?」

夏油の戸惑いつつも焦った声が聞こえた。
勢い余って禪院直哉ごと扉をぶち破ってしまったらしい。ホグワーツ特急は大半の部分が木造で造られているので多少衝撃に弱いところがあるので仕方がない。

「血が出てるじゃないか! 硝子!」

夏油がそばに駆け寄ってきて、私が禪院直哉に向かって振り上げていた右手を掴み、自身のローブを脱いで私の額に押し当てる。圧迫止血だ。判断が早い。
きっと、禪院直哉に頭突きをした際に、禪院直哉の前歯が額を掠めたんだろう、額は傷口の割に血がよく出るから、夏油がギョッとしてしまうのも仕方がない。

「一体何があった?」

家入が私の額を治している間、夏油が優しく聞いた。

「一発殴らないと気が済まなかった」

「いや、そういうことじゃなくて」

いや、そういうことなんだ。夏油。わかって欲しい。
私の目の前には唯一無二である夏油のことを侮辱したゴミクズ、禪院直哉。禪院直哉は夏油を侮辱した罪を償わなければならないし、今後、二度と悪態がつけないようにしなければならない。
それで瞬間に思いつき、体が咄嗟に動いたのが頭突きだった。
私はまだ未成年だからホグワーツの外で魔法を使ってはいけないし、そもそも両手で胸ぐらを掴んでいたので実行したくてもできなかった。杖なしでの呪文は得意ではないし、そのまま胸ぐらを掴んでおくのも私の気が済まなかった。
唯一の取り柄である禪院家譲りの顔を粉々にすればダメージを与えられるかと思った。溜飲が下がると思った。

「はぁ。硝子ちょっとここ頼むよ。私は物音に反応した生徒たちにコンパートメントに戻るように伝えてくる」

夏油は額を親指でかきながら、扉の外れた通路から出て行った。
さすが夏油。すぐさま生徒への配慮ができるところが本当に素晴らしいと思う。最高だ。
私が馬乗りしている禪院直也が随分と大人しいと思っていたら、私の下で伸びていた。たかが頭突きひとつで気を飛ばすなんて軟弱にも程がある。だからお前は夏油の足元にも及ばないのだ。
家入は伸びている禪院直哉をみて、ため息をついた。

「ちょっとまずいんじゃない?」

「うん。そう思う」

確かに今回の私の短慮はまずい。
だって、夏油のそばには暴力でなんでも解決する品のない知り合いがいると、この禪院直哉に広められてしまう可能性がある。
後先考えず、頭に血が上ってしまい、気づいたら頭が出ていたのでまずったという自覚はある。でも、あのまま放っておけば禪院直哉は夏油を馬鹿にし続けただろう。そんな口はこの世にいらないのだ。夏油を悪く言うこの口なんか。だから仕方がない。
分別もろくにわからないまま育った人間が、夏油を悪く言うなんて、到底許せないのだ。何があっても、絶対に。
特に、穢れた血なんてそんな野蛮すぎる言葉を夏油に対して使う口なんて。

「禪院家に楯突いたって言う噂が流れるかも」

「そっちか」

家入が心底驚いた顔をした。確かに、禪院家に頭突きを食らわしたイコール楯突いたと解釈できる。禪院家は家の歴史が長い。純血であり、数多くの有名人を輩出している。権力のあるところに禪院家あり、だ。魔法省だって多くの禪院家の人間が勤めているらしい。

「それしかないでしょ、ウケる」

家入はすっかり綺麗になった私の額をパシリと叩いて言った。そして私の下で伸びている禪院直哉を2人がかりでソファに移動させ、傷の治療を始めた。

私は夏油のローブを握りしめた。申し訳ないけれど、燃やさせてもらおう。黒と赤のローブだからそんなに血液が目立つということはないけど、血液感染のリスクが気になってしまう。1%にも満たない低確率だけど0%ではないから油断はできない。
毎年背が伸びるから毎年夏休みにマダム・マルキンに仕立て直してもらっていると言っていたし、生地の張りをみるに、今日おろしたばかりだろう。ホグワーツに着いたらすぐに問い合わせて同じものを仕立てて送ってもらおう。
本当に申し訳ないことをした。私が短慮なばかりに。夏油と家入の仕事を増やしてしまった。

「ごめん、家入」

「いいよ。面白かったし」

家入は指揮棒を振るみたいにあっという間に禪院直哉の顔を元に戻した。鼻の骨を少しばかり歪ませて治療してくれないかと思ったが、家入はそんなことはしなかった。
私は家入の寛大な心に本当に感謝せねばならない。はあ、と心の中で反省のため息を吐いた後、夏油が五条を引き連れて戻ってきた。

「悟、頼む」

「仕方ねぇな」

五条は夏油の頼まれごとに満更でもない顔をして、禪院直哉を真正面から見下ろした。数秒してから、じゃあ、と禪院直哉を担いできた道を戻っていった。

「とりあえず、悟に忘却呪文をかけてもらったから、扉の被害以外は丸く収まるとは思う」

夏油の手際の良さに私はまたしても痺れてしまった。判断が早い。それに、未成年は魔法をホグワーツ以外では使ってはいけないことになっているが、杖に履歴が残らなければ誤魔化せる。五条は天才だから杖なしでの無言呪文も朝飯前らしい。状況判断に優れている。やっぱり、夏油が監督生になったのはそうなるべき素質を持っていたからなのだ。そんなこともわからないようじゃ次期禪院家当主と言われている禪院直哉の底が知れる。
誰それから魔法力を奪ったマグル。つまり汚れた血、と蔑むが、魔法の実力は遥に夏油の方が上で、状況判断の瞬発力、人に優しくする倫理観、何もかも、全てを夏油は持ち合わせていて、驚くところにそこにユニークさも加わる。人として最高過ぎるのだ。でもそれは天性のものを磨き上げてきた夏油の努力の賜物なのだ。それを何も知らない世間知らずのぼんぼんが馬鹿にするのは許せなかった。与えられたものだけに満足して胡座をかいている甘い禪院直哉が。

「なまえ、もう今回のようなことは起こさないで」

「……」

私だって禪院直哉を殴りたくて殴ったわけじゃない。夏油のことを馬鹿にされたと思ったら無意識で体が反応していただけなのだ。無意識のことをうまくコントロールするのは難しい。一度は自分を押さえることができたが、二回目はダメだった。

「お願いだから」

「わかった」

夏油が眉を顰めてしょんぼりするものだから、私は勢いよく返事を返す。夏油のお願いは聞かなければならない。何よりも優先されるべき事項だから。
そうだ。夏油を馬鹿にされてついつい手がでてしまったが、何よりも大切なのは目の前の夏油が笑顔でいてくれることなのだ。私が起こした行動によって夏油が悲しむような表情をするなんてことあってはならない。
もしまた誰かが夏油を馬鹿にした時は、夏油の耳に入らないようにうまくやろうと思った。

「なまえが私のことを大切に思ってくれているのは知ってるけど、同じぐらい私もなまえのことを大切に思ってるんだ。だから、私のいないところで無理してないかいつも心配なんだ」

夏油は横にぴったりと座って、血の付いたローブを握りしめている私の手を撫でた。

「だから、できる限りそばにいて欲しいな」

そして私の瞳を見て優しくそう言った。夏油の瞳からは本当に私のことを心配しているんだというのが伝わってきて、ドギマギする心臓を押さえて、なんとか夏油の瞳を見返して頷いた。
やっぱり夏油は素晴らし過ぎるのだ。ただの他寮生である私のこともきちんと気にかけることができるし、優しい。人の立場を考えてからの発言ができるところがたまらなく好きだ。


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