チェリーレッドの誘惑







使用済みのゴムみたいにソファーに丸められ たピンクのニーハイソックス。 ベッドに投げ出された白い足。 その白の中で目を引くチェリーレッド。

自室に戻った僕の視界に飛び込んできた強烈 な映像に煙草を落としそうになった。

他人の部屋なのにまるで自分の領域のように 伸びをし、猫のように気だるけに佇んでいた 僕の恋人。

「ベルちゃん、靴下は」

「ああ、暑かったから脱いだの。」

ベッドに座って、ぼうっと寛ぐベルの額は暖 房のせいで軽く汗ばんで、前髪が数本張り付 いていた。まるで情事の後のような姿を舐め るように見つめ南側にある1人掛けのソファー に腰を下ろした。ここからなら彼女の姿を正 面から観察することができる。 テーブルの上の灰皿を引き寄せたが、くわえ ていた煙草の灰はカーペットを汚した。

シーツの上には投げ出された写真の数々。彼 女が撮ったものだ。 僕と彼女が数センチの枠の中で笑っている。 よく撮れてるでしょう、と彼女が微笑む。

ああそうだねと応えたが、僕は写真よりも彼 女に意識が飛んでいた。

スリッパも履かず、剥き出しの脚。いつもニ ーハイソックスで隠されている足は乳白色の なだらかな曲線を描き、カーペットの数セン チ上で揺れている。 足が揺れる度に爪に塗られたチェリーレッド がちらついて、チカチカする。

ベルの爪先がカーペットの上を掠め、熊の毛 が白い指に口づけをすると毛の間からチェリ ーレッドの爪がキラキラ輝いた。

そうして小悪魔は僕の気も知らずに足を組み 替える。垣間見えた白い太股の裏側。それを 確認した後、すぐさま灰皿に煙草を押し付け た。 写真を覗くふりをして彼女に近づくと彼女は 僕が座るスペースを空けてくれた。 でも僕はそこには座らず、彼女の膝に手を置 いて屈んだ。 膝から下にむけて掌を滑らせると、写真を見 ていたベルの視線が僕に向けられた。

「写真、見ないの?」 「正直、写真に興味はないんだ。僕が知りた いのは…」

繊細な細い指とすべすべした甲。白い肌に薄 く浮き出る青い血管。

その道を人差し指で辿ると、嫌だとでも言う ように足が宙に浮いて、僕の手を離れた。 嗚呼、この脚に口づけする事ができるのなら なんでもするのに。

折れちゃいそうな指。きっとくわえたらなく なっちゃうんだ。

「ねえ、触れていい?」

返事の代わりに首を振る彼女。写真に興味が ない僕が気に入らないんだろう。少し膨れて いる。

「じゃあどこなら触ってもいいの?」

「…」

ベルはNOと言おうとしたが思い直して唇の 形を変えた。

「……マッサージしてくれるなら脚に触ってい いわ。ただし」

ベルはいつも履いている太股の肌とニーハイ の境界線を指先でなぞった。

「ここから先は、ダメ」

「充分だ」

お許しがでると、僕は直ぐさま脚に飛びつい た。足元にひざまずき、片足を擡げてその踵 を自分の膝の上に乗せた。

先ずなによりも、仄白く傷のない滑らかな足 の裏に会いたかったからだ。こうすると表か らではわからなかった、ふっくらした指や柔 らかな踵が露になる。足を上げる体制になっ たので下着が見えるのを気にしてベルは太股 の裏にスカートを押さえつけた。 丸い指の腹をつつくと、くすぐったい、とベ ルが笑った。

踵を掌に包んで掲げ、顔を近づけた。べろり と土踏まずを舐めると緊張したように親指が 突っ張った。

「その反応、可愛いね」

「……あなた、に初めて言われた可愛いが、足 なんて。」

「嫌?」

「褒め言葉は素直に受けとっておくわ」

ベルは桃色の膝にキスする僕の髪をさらりと 撫でた。そして僕の頭頂部、つむじ辺りにキ スを落とす。 そのキスに応えるように、つま先に唇を寄せ た。

「…くすぐったい。キスだけじゃなくてマッサ ージらしいこともしてほしいものね」

ベルのくすくすと笑う鼻息で僕の髪は柔らか く揺れた。

「なんでいままで裸足にならなかったの?こん なに可愛いのに、勿体ない」

一応マッサージらしいことを、と、ふくらは ぎを扱くように撫でる僕を見下ろし、ベルは 肩を竦めた。

「…裸足…足の裏なんて、滅多に人に見せない わよ。だって…」

こんなとこ、見られるなんて、恥ずかしいじ ゃない。 そう続けられたベルの言葉に掌の動きが止ま った。

「…今のいいね。」

にっと笑うと、ベルは呆れたような表情をし てため息をついた。

「…その顔、また変な事考えてるでしょ」 「まぁね。だってさ、つまり君にとっての秘 部みたいな場所でしょ?そこを僕は今舐めてる わけだ。…うん。いいね。そそる。」 「あなたってとんだ変態ね」

舌を出すとベルは体を捩って僕の前から足を 遠ざけた。ベッドの上に足を重ねて座り直す 。

「変態かぁ。そうだねぇ。でもさ」

僕は目の前のベルの細い足首を掴んだ。 骨の感触を味わう間もなく、そのまま上向き に腕を広げれば、バランスを失ったベルは仰 向けの体制でベッドに叩きつけられた。

「その変態に脚を舐められただけで濡れる女 はもっと卑らしいね」



すかさずベルの上に覆いかぶさり、笑いなが ら囁いてやると、ベルは目を見開いてスカー トをぎゅっと伸ばした。 足首は未だ僕の手の中。もちろん短いスカー トはめくれあがるからベルが懸命に下着を隠 そうとしても無駄だ。 「やっぱり下着は白が一番だよね。」 そうからかってやるとベルは顔を真っ赤にし た。

「…っルール違反よ!」

ベルは空いている左手で僕の肩を押し返した 。ちなみに右手はスカートを押さえるのに忙 しい。無駄なのにね。

「あれ?違反してほしいって顔してたよ」

ベルの鼻先まで顔を近づけ、彼女愛用のシャ ンプーの香りを嗅ぎ取る。ベルの反抗的な碧 の瞳を見てるとつい意地悪したくなるんだ。

スカートに手を忍ばせ湿りを撫でてやると短 く息を吸って体が跳ねた。鼻の頭にちゅ、と 口づけて、にんまり笑うとベルは怒って僕の コートの衿を引っ張った。

僕がバランスを崩すと、すかさずベルは僕の 首に腕を回して引き寄せた。乱暴に唇が重な り合う。 触れるだけのキスを何度も繰り返してリップ 音が鼓膜を犯す。

…彼女も大概、負けず嫌い。

僕の掌が太股をまさぐり唇に舌を入れようと すると、僕を翻弄するかのようにベルは僕の 唇を解放し、蠱惑的に微笑んだ。

「…いいわ。なら今日は大サービス」

「 あ、」

「貴方が好きな足で……して、あげる…」 ベルは足の甲を僕の両足の間に入れ、僕を優 しく摩った。

ベルの足の間からくしゃりと折れた写真が覗 く。笑顔の僕と目が合い、そこで僕は気づい た。 彼女の周りには無数の僕の写真が散らばって いることに。まるで大勢の僕が彼女を愛撫す るかのようで、思わず彼女に手を伸ばす。

ベルの頬が上気し、呼吸が荒くなっている。 効き過ぎた暖房のせいじゃない。

興奮してるんでしょ?初めての経験に。

「いい、ね。だから君が好きだよ」

「私じゃなくて、私の足が好きなんでしょ、 変態さん」

僕の下腹部でチェリーレッドがチカチカと揺 れる度、僕の脳内が掻き乱される。

乳白色の曲線が僕の横腹を締め付け柔らかい 踵が腰骨を擦った時、彼女の笑顔は白く瞬い た。

ソファーの上で丸まっていたピンクのニーハ イソックスを手に取り、彼女を隠した。

「あんなに裸足が好きだって言ってたのに、 なんでまた履かせるの?変な人」

白いシーツに体を埋めたまま、彼女が足をひ らひら動かした。 だって、君の乳白色は毒だからね。

熊の毛の上に横たわる衣服を拾ってピンクと 白の境目にキスをする。

強く吸い上げれば肌が鬱血し、紫色の痕が残 った。

この痕が消えたらまた僕は君にキスをする。 再びチェリーレッドに誘惑される日を楽しみ にしながら僕はくしゃくしゃになった写真を 拾いあげた。

「ひひ、いいね。よく撮れてるよ」

「…今更遅いわよ、馬鹿」

写真は夏に撮られたものらしく、ワンピース 姿のベルが浜辺で微笑んでいた。その足には 柔らかい革のサンダルと、貝殻のように光る パールホワイトの爪。 僕はそれをベルに悟られないように手の平の 中に隠した。






END

―――

変態スマイル。

靴文化だと裸足は恥ずかしいと聞いたので。

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