01 恋文


 恋文。
 言ってみるところのラブレター。もらったことは数知れず。だが、まさか自分が逆の立場になって筆を執ることになるとはまったく今まで考えたことは無かった。
 書くに至るには、一ヶ月以上かかった。それだけの時間と日数を経て、そして導き出した自分の想いを伝える方法が手紙だったというだけで、口頭ではとても伝えきれる自信など無いし、そんな勇気もない。
 けれど、黙っていることも困難になった今、取るべき方法を考えての恋文だ。
 相手は同僚である中高一貫キメツ学園、美術教師の宇髄天元。出会ってすぐに好きになった。きっかけはとても些細なことで、彼はきっと覚えていないだろう。けれど義勇の気持ちを傾けさせるには充分な出来事で、しかし義勇は体育教師。接点などなく、今までも挨拶くらいは交わすものの、雑談をすることも無く時間だけが過ぎていった。その間、義勇の宇髄を想う気持ちが薄れることは無く、ただただ加速を続けるばかりで苦しくなってしまった。
 だから、こうして白紙の便せんを前に頭を捻っているのだ。
 これを宇髄に渡したとて、報われようと思っているわけではないと言いたいが、こうしてアクションを起こそうとしている時点で報われたいという気持ちが溢れ出ていることは否定できない。
 けれど、義勇は男。そして、宇髄も男。それに、宇髄はモテる。女性が放っておかないだろう。わざわざ男である義勇に手を出すメリットなどどこにもない。それは承知しているつもりだ。
 それでも、気持ちだけは伝えたい。好きだと思っていることを知って欲しい。溢れ出る気持ちをぶつけたい。
 しかし方法は限られている。べつに、義勇が宇髄を想っているということを直接、押しつけるつもりはなかった。となると、匿名が一番、義勇の中でしっくりくる。ずっと仕舞っておいた気持ちをこっそり、伝えられれば満足できる。
 それで思いついたのが恋文だった。
 これならば匿名で想いを伝えることができる。
 そして、筆を執ること三週間。買って来た便箋に言葉を乗せては破り捨てることの繰り返しをして、そしてとうとう最後の一枚になったところで漸く、義勇の気持ちがストレートに乗った言葉を書き切ることができた。
 たった一言『好きです』と、これだけを便箋の中央に万年筆で丁寧に書き、封筒に入れようとしたところで要らぬ欲望が湧いてしまった。
 確かに、この一言で義勇の気持ちは伝わるだろう。だが、宇髄には誰からもらったものなのかが分からない。当初はそれでいいと思っていた。しかし、いざこうして言葉を紙に乗せてみると、何かが足りなく思えるのだ。
 義勇は一時間ほど便箋を眺め、徐に万年筆を執った。そして、告白の言葉の左端に『冨』と一文字だけを書き入れ、丁寧に四つ折りにして真っ白な封筒にそっと便箋を入れた。
 これを明日、朝一番に学校へ来て宇髄の下駄箱に入れれば義勇のささやかな告白が終わる。伝わるのではなく、終わるのだ。
 要らぬ期待など抱きたくない。これから先、宇髄に誰か好きな人ができてそして結婚などという未来がいつか、待っているのだ。義勇はそれを、笑顔で祝いたいと思っている。義勇のこの手紙は、言わば自分への宇髄へ向ける気持ちへの決別なのだ。
 『冨』という名の誰かが宇髄を好きだと想っている。それが伝われば、それでいい。
 義勇はそっと、手紙の入った封筒を通勤の際、利用している愛用のバッグの中へと折れ曲がらないように教科書の間に挟んでバッグを閉じた。
 風紀委員の顧問を務めている義勇の出勤は早い。なので、もし未だ勇気が残っているのならば宇髄の下駄箱に手紙を入れよう。そして、すべて終わりにする。宇髄を想う気持ちとはおさらばして、普通の同僚として彼を見よう。
 どうしたって、義勇の気持ちを宇髄は、受け入れてくれない。それは義勇が女という性であっても同じことだろうと思う。分かるのだ。義勇は宇髄に好かれていない。好かれていないというよりも、興味の範疇外とでもいうのか。
 とにかく、もし直接、伝えたとしても断られるのがオチだ。だったら、静かに終わらせたい。想っていた時間を荒らすことなく、小さな思い出として終わらせたいのだ。いつか、宇髄のことが好きだったと、ふとした時に思い出すような、そういった最後がいい。
 義勇は便箋の包み紙をゴミ箱へと突っ込み、机に伏せた。
 けれど、心の何処かでは想っている。
 気づいて欲しい、この想いに、気持ちに。あの腕の中に一度でいいから入ってみたい。しかし、それは叶わぬ夢。
 万年筆を手の甲を使ってくるくると回しながら、義勇は宇髄の屈託のない笑顔を思い出していた。義勇の、宇髄の中で一番好きな顔だ。彼には笑顔がよく似合う。思い出すたび、胸が締め付けられそうになる。あの笑顔が自分に向かってくれたらきっと、これ以上ない幸せな気持ちになれるだろう。
「うずい……宇髄……」
 はあっと大きく溜息を吐いた義勇は、あの笑顔を思い出しながらそっと目を瞑った。
 この笑顔を思い浮かべるのも、今日で最後。恋文を渡したら、それで終わり。義勇は目元を湿らせ、口元を震わせながら明日を思った。

×
「#切ない」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -