07 心臓に爆弾


 流れる車窓を眺めながら、義勇は口を開いた。
「少し……昔話をしていいか。俺がずっと、お前に隠してたこと……今なら、話せる気がするんだ」
「話してくれるなら、聞くぜ」
「俺はな、姉の恋人に犯されかけてるんだ。だからずっと、アレをするのが怖かった」
「アレ?アレって……なんだよ、アレって」
「だ、だからっ……!俺とお前が今からするその……せ、せ、セックス、セックスのこと。昔のことが引っかかってしまって、どうしても今まで、他人とそういうことができずにいた」
「昔って……」
「あれは、俺が中学一年の終わり頃、三学期に入った頃くらいに、姉である蔦子姉さんに彼氏ができたんだ。家にも呼んで、仲良くやっているように思ってた。けどある日、その男と顔を合わせた時があって、なんだか……すごく嫌な感じがしたんだ。でも、姉さんの恋人だからと思って、その時はそれで済んだ。俺はそう思ってた。けど、学校が終わって帰宅すると玄関に男がいて、姉さんから言伝で、家で待っていてくれって言うから俺に玄関を開けてもらってといった感じだったか。俺はいやだったが、仕方なく玄関扉を開けたところでいきなりだった。男が抱きついてきて、制服のボタンは飛ぶし、下半身はまさぐられて意味が分からず抵抗してると、殴られた。それでもいやがったが下を脱がされて、尻を何度も叩かれ、その……男の、アレが俺の尻に押し当たった途端、姉さんが帰って来た」
「マジかよ……!んで、どうなった」
「俺は必死に説明した。犯されそうになったこと、抵抗したこと。けど、姉さんは泣くばかりで聞いてくれず、それどころか男を庇い始めた。その時に、張りつめていた何かが千切れる音がして……俺は、男を自分の拳の骨が砕けるまで殴り続け、半殺しにした。それから、悪夢の始まりだった。男はいいところの坊ちゃんで、俺は完全に悪者状態。親も庇ってくれず、姉さんは心身膠着状態とでもいうのか、その時のことを覚えているわけでもなく、俺は家を飛び出した。行く当てなんて無くて、そのうちにタチの悪いやつらとつるみ始めて、毎日ケンカに明け暮れて、歯向かってくるやつは即その場で半殺し。友人と呼べないようなやつの家で寝泊まりして、家にも帰らず学校にも行かず、ひたすら毎日、荒れた日々を送っていた。もう、本当にひどかった。盗みに恐喝。クスリ以外悪いと思われることは何でもやった。心が麻痺して、それがやってはいけないことなのかどうかも分からず、欲望のままに人を殴り、虐げ、笑っていた」
「……それ、本当にお前か?お前はそんなこと、できるやつじゃないだろ……?」
「いいや、俺だ。俺がやった。俺は自分で自分の手を汚して、平気な顔してる最低な男なんだ。けど、ある日のことだった。そんな日々とお別れしたのは本当に偶然で……いや、偶然ではないのかもしれないな。あの日も、俺が気に入らないやつを殴っていると、一人の天狗の面を被った老人がやってきて止めろと言ってきた。その頃の俺は老人だろうが子どもだろうが容赦なかったからな。もちろん、その老人も殴ろうと思った。仲間で取り囲んで、半殺しにしてやろうと思っていたら……逆に半殺しにされた。はは……あの時は本当に、死ぬかと思った。何本も骨を折られ、気づいたら病院のベッドに横になってて、傍にはその老人がいて」
「天狗の面って……もしかして」
「気づいたか。そう、鱗滝さんに俺は半殺しにされたんだ。言ってくれたよ、鱗滝さんは。目を覚ませと、真摯に言ってくれた。俺がまた誰か他人を殴る時が来たら、その前にわしが止めてやると、言ってくれた。俺は、その時に思ったんだ。漸く止まれると。今まで何も見ずに走り続けてきて、人を傷つけ続けてきた日々が、終わる。俺は大声で泣いた。泣きたいだけ泣いて、そしてきっかけになった事件を話した。誰かに聞いて欲しかったんだ。本当の事実を。鱗滝さんなら聞いてくれる、信じてくれると思ってすべて話すと、言ってくれた。今までよく耐えた。でも、これからはそんなことをしなくていい、そう言って労ってくれた」
「ああ、だからお前、よく鱗滝さんといるのか」
「あの人は、俺の心の恩人だ。病院には誰も見舞いには来なかった。ただ、毎日鱗滝さんがやって来てくれて、話を聞いてくれた。そして、退院が迫ってきたある日だった。ある提案をしてくれたんだ。わしの家に来ないかと、一緒に暮らさないかと、そう言ってくれた。俺は、間髪入れず頷いた。そして、穏やかな生活が始まって……勉強も教えてくれたし、料理も、生活に必要なことはすべて、鱗滝さんから教わった。そして、俺の両親に掛け合って、高校へ行く道まで開いてくれた。俺の両親は、初めはいやな顔しかしなかった。けど、鱗滝さんが土下座までして、俺をどうか高校に入学させてやって欲しいと、将来のことを考えてやってほしいと、そう言って説得してくれて……」
「優しい人だもんな、鱗滝さんは」
「うん……。そして、俺は高校に無事、入学することができて鱗滝さんに教師にならないかと勧められた。俺は運動神経がいいから、体育の教師なんかどうかと。俺は、どうだろうか……鱗滝さんに半殺しされて、暫く経った頃、自分で何かを決めることができないことに薄々気づき始めてて……鱗滝さんも、あの人は勘がいいからすぐに気づいて、けれど過去が過去だろう?それも俺の個性だといって受け入れてくれたが、未だに俺は、その呪縛から解き放たれてないまま、ここにいる。けど、お前に出会って……いい方向に心が変わるのが自分でも分かった。だから、お前は特別なんだよ、宇髄」
「そっか……お前の特別って、すげえ嬉しい。そっか、そっか……特別か。でもよ、その昔のお前があるから、今のお前がいるわけだろ?俺は今のお前、大っ好きだけどな」
「こんな綻びだらけの人間がか」
「ああ、好きだね。今の話聞いて、もっとお前が好きになった。大切にしたい。俺の手で、お前の心を護ってやりたい。それが俺にできるかどうかはべつにして、愛してやりたいと思ってる。っと、そうだ。ちょっとそこの薬局寄っていいか。揃えなきゃならないもんがいくつかある」
「あ、ああ。構わない」
 車はすーっと駐車場へと停められ、義勇も降りようとするがそれは制されてしまう。
「お前は来なくていい。ちょっと待っててくれるか。すぐに戻る」
 ロックを掛けられてしまい、義勇はシートベルトをつけたまま窓に頭を凭れさせて目を瞑った。不思議と、緊張は無かった。だが、少しの恐怖はある。昔の出来事が未だに頭を離れてくれないのだ。けれど、宇髄は違う。何故かそう言い切れる。宇髄は痛いことを義勇に強いたりはしない。好きな人と結ばれるのだ。寧ろ、今からでも幸福を感じる。宇髄は一体、どんな風に抱いてくれるのだろうか。できれば、優しくして欲しい。

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