08 紅藍の閃光


 なぜ宇髄があんな行動に出たのかが分からない。しかし、それ以上に分からないのは己のことだ。恥を晒してしまった。他でもない、宇髄の前で。はしたなく強請り、欲しがり、支離滅裂なことを喋って、抱きついたりもした。
 考えるだけで顔から火が出そうだ。そして、涙も出てくる。淫乱だと思われただろう。あんなことを言えば、誰だってそう思うはず。
 知られたくなかった。暴かれたくなかった。……欲しがりたく、なかった。欲しがれば、義勇の隠し事が暴露されてしまうことになる。
 後悔の念に押し潰されそうになっていると、突然だった。力強い足音が聞こえ、後、宇髄が目を吊り上げて義勇の前に立ったのだ。
「なんで、ここ知って……」
「テメーのことは全部把握済みだ。……なんで逃げた。言ってみやがれ!」
「は、恥ずかしくて……だって、あんなことを強請るなんて、俺はあたまが、おかしい……!」
「それだけじゃねえよな。なんでテメーは泣いてんだよ。そんなに悲しむことか!?さっきのことが。テメーが俺に気持ちいいって言ったことが泣くほど恥ずかしいか!」
「っ……!!言うな!そのことは言うなっ!……だって……だって!俺は今まで人を好きになったことが無いんだぞ!そういう意味で、誰も好きになれない。昔からそうだった。そういう欠陥人間で、だけど宇髄は違う。とてもいい人だ。すごく、素敵だと思う。そういう人間は俺に関わるべきじゃない。だから言っただろう、俺は何も分からないって!」
「うるせえ!うるせえよ!!お前を好きな俺の気持ちを、お前が踏みにじるな」
「……す……き……?俺を、おれの、ことを……?」
「そうだよ悪ぃか。俺はお前が好きだ」
 ストレートなその言葉に、義勇の瞳から滂沱の涙が零れ出し、頬を濡らす。
「分からない……俺には、人を好きになるという気持ちが、どんな気持ちなのか分からない。分からないんだよ、宇髄……!誰も彼もが、ただ俺の中を通り過ぎていくだけで、好きというものがなんなのか、分からない……。だから、お前のいるところには行けない。ずっと、暗闇で立ち止まっているしかないんだ」
 泣き顔を晒したくない義勇は、両手で顔を覆ってぐしゅっと鼻を啜った。
「……分かった」
 宇髄のその言葉に、義勇は大きく目を見開いた。とうとう、自分から手を離してしまった。離したくないものを、離してしまった。ぎゅうっと目を瞑ると、涙の雫がぼたぼたっと階段に落ちる。
「うずい……!」
「分かったよ。じゃあ、俺がお前の傍に行く。そしたら、お前をその暗闇から引き摺り出せる。怖くない。だから、勇気を出せ。まずは俺から行く」
 一歩一歩、宇髄が階段を上がってくる。義勇は緊張のあまり身体が上手く動いてくれないため、それでも何とか上へ逃れようとするが、そんな義勇を宇髄は腕を伸ばし引き寄せ、ぎゅうっと強く抱きしめてくる。
「……義勇、好きだっ……!」
 熱の篭った声色のその告白に、義勇は今まで溜まっていた何かよく分からない黒色の重たい感情が弾け、その光の中、大泣きしてしまう。恥も外聞もなく泣き喚く義勇を、宇髄は優しく背中を撫でてくれる。いつまでも止まらないその手の動きに、次第に落ち着いてきた義勇は鼻を啜り、そろりと宇髄の背に腕を回した。本当に、微かな動きだ。
「う、ずい……うずい、宇髄、宇髄っ……!」
「ほら、怖くねえだろ?」
 涙を流しながら、こくこくと義勇は何度も頷いた。
「こわくない。すっごく、きもちいい……腕のなか、気持ちいい。もっと、ぎゅってしてほしい」
「……なあ冨岡。焦らねえけど、ちょっとずつでいいから、俺とその……始めて、いかねえか」
「は、始める……?なに?なにを……」
「まあ、今のお前に言っても伝わらねえし分からねえだろうけど、俺は……やっぱりオマエに一番傍にいて欲しいと思う。同僚とか、そういうのはいやだ。そういうんじゃなく……」
「なにが言いたいのか、分からない。ごめ……俺、こんなんで、ごめん……」
「謝るな。今のは俺が悪い。だァから!俺、お前と付き合いたい。お前と、恋をしたい。手の届く範囲じゃなくて、腕の中に閉じ込めておきたい。そんで、できることならキスとか、触るとか、イかせるとかヤるとか俺の好きはそういう、好き」 
 一気に捲し立てられ、放心してしまう義勇だ。
 宇髄は今、なんと言った?
「つきあう……?俺、と……?俺、なんかと……」
「なんかとか言うな。そんな言葉、使うんじゃねえ。お前を好きな俺がかわいそうだろ」
「俺は、普通じゃないんだぞ。……本当は、教師になるのだっておこがましいくらいの人間で……」
「お前さ、あんまりにも自分を貶めすぎてねえ?俺、知ってるんだぜ。校門潜って右側にある、デカい花壇。あそこに花を植えたの、お前と園芸部の連中だろ。一株ずつ丁寧にさ、植えてってるの、俺知ってる。春夏秋冬、季節ごとに植えてる花を変えてるのも、知ってる。ちゃんと、水とかやってることも知ってるし。なんて言うか、花って俺の中では踏みにじるものだったんだよな。それくらいの認識でしかなかったんだけど、周りもそういう人間ばっかだったからな。だから、そういう風に思ってたんだけど、お前はそうじゃなかった。植えられて整えられた花壇を見たよ。キレーだった。すげえ、キレーでお前のことを見る目が、そこで変わった気がする」
「ちがう……そんなつもりで植えたんじゃない。ただ、園芸部の生徒だけでは人数が足りないし、それに花壇に花が無いのは淋しかろうと思って、たったそれだけだ。深い意味なんて無い。それに、言ったが俺はお前が思っているような人間じゃないんだ。……簡単に、好きとか……言わないで欲しい。どうせ、お前も離れて行く。本当の俺を知ったら、お前も俺を置いていくんだ。そんなの、いやだから断らせてもらう」
 しかし、義勇は宇髄を抱いている手を離せないでいた。服を強く握り身体を擦りつける。
「どうしてっ……何故こんなことしか言えないんだろうな、俺は。いやになる。……ごめん、宇髄」
「おい、言っとくがどうして俺が簡単に好きって言ったとオマエは思った。ふざけてんじゃねえぞ、なめやがって。おい、手を寄越せ。手だ、手を出せ」
 強引に取られた義勇の右手は宇髄の胸に押し当てられる。初めは動揺してなにも分からなかったが、そのうちにだんだんと落ち着いてきた義勇は手のひらに押し当たって響く、とくとくといった胸の鼓動を感じた。かなり早く脈打っている。
 思わず離そうとするが、宇髄は義勇の手を胸に押し当てたまま、今まで見たことも無いような真剣な表情で眼光を鋭くし、義勇を射抜いてくる。
「……分かったか。俺がどれだけ、緊張してるか。言ってみれば、ドキドキしてるか。俺だって戸惑ってんだ。思ったよりもずっと、お前がかわいいから。すっげえ、かわいいから。いつも仏頂面してるから、もっと性格悪いんだと思ってた。なのに、知ってみたらすげえ、健気でかわいくて、幼いところもかわいいと思うし。ぎごちなく笑ったあの顔……ホントかわいかった。反則だよ、んなのっ……!なにもかも、反則だ。手放していたくない」
「あ、の……宇髄、俺はかわいくない。かわいげなんて無い。なにも、無い」
「うるせえ。俺はそう感じたんだから仕方ねえだろ。てめえに俺の心のなにが分かる。言ってみろよ。なにが分かるってんだ。俺は諦めねえぞ。ぜってえ、振り向かせる。好きにさせる。離れられなくしてやる。俺の本気をなめてんじゃねえぞ」
 またじんわりと涙が滲み上がってくる。手を外されたと思ったら、突然後ろ頭に手が回りぐいっと引き寄せられたと思ったら、至近距離には宇髄の整った顔。
 何だと思う間もなく、唇に柔らかくて湿った熱い感触が拡がる。
「んっ……ン、ン、んっ……!」
 角度を変えられ、舌が咥内へと捻じ込まれたところで、ぱらぱらといった音が義勇の耳に遠く響く。それが雨音だと気づいたのは散々口の中を舐められ貪られ、離されると鼻には雨のにおいが掠ったことで、雨が降っているのだと感じたがそれは感じただけに終わり、義勇はただただ、目の前で輝く紅色の瞳を見つめていた。
 こうして雨音を聞いていると、まるで世界に二人だけみたいだ。
 そんなことを感じながら、熱く見つめてくる宇髄の瞳を見つめ返すだけで精いっぱいだった。
 突然の雨の中、義勇は心に熱く灯るなにかを感じていた。それが恋心だとは未だ、気づかないまま、二人はまた口づけをした。
 雨の降る世界の中、義勇と宇髄は互いを思いながら咥内を舐め合い、舌を絡めながら抱き合う。
 義勇は思った。
 心に宿った炎が消えないでいて欲しいと。宇髄が火薬となって灯った炎だ。消えないで欲しい。
 そう願いながら、宇髄の施す激しい口づけに溺れてゆく義勇だった。
 すると、ふと唇が離され義勇はすっぽりと宇髄の腕の中に収まってしまい、頭を強く身体に押し付けられる。
 そして、熱の篭ったような声で、宇髄はこう言った。
「よォ。今度の土日……お前んち、泊まり行ってもいいか」
「……。……う、うん……」

 心臓が、一つ飛ばしで鳴った気がした。

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