私の家は酷く貧乏だった。それはもう、その日の食事にすら困る程に。私の祖父の代はそこそこ名の知れた名家だったらしいが、父が生まれた頃にはその祖父が色々やらかして今に至るという。まぁ、あれだ。とりあえずジジイ何してくれてんだとか言いたい事は山程あるのだが、何より今一番言いたいのは…… 「金が欲しい」 「なまえさんはびっくりするくらいお金に貪欲な人だねぇ」 「お前みたいに守銭奴な女も珍しいな……」 「うるせぇ! 金がない奴の心なんて男だろうと女だろうと廃れていくんだよ馬鹿野郎め!」 私を哀れんだ目で見てくるアラジンとスフィントスを睨み付けながら、私は地面に這いつくばって建物の隙間に落ちている金貨に手を伸ばしていた。こんな時ばかりは女であって良かったと思う。男の筋肉質な腕では、きっとあの金貨は取れない。つーか私とスフィントスは生い立ちが少し似ているはずなのに、何故同意してくれないんだ。 「ふへへへへ、あの金貨があれば妹の薬が買えるぞふへへへへ」 「……なまえさんは強欲な人だけど、中身が良い人だから憎めないね」 「そうだな……」 「よっしゃああああああ取れ、あうち!」 ようやく金貨に手が届いたと思った瞬間、何者かに伸ばしていた腕を蹴られた。その拍子に金貨がコロコロッと更に奥に転がってしまい、暗くてよく見えなくなった。あんなに奥では、流石に私の手でも届かない。病気の妹の、貴重な薬代になると思ったのに。私は両目に涙を溜めて、腕を蹴った張本人を睨み付けた。 「やぁ、君達。こんな所で何をしてるんだい」 「あ、ティトスくん」 「珍しいな、お前一人かよ」 「まぁね。ところで、なまえはどこにいるのかな?」 「……お前の足元にいるぞ」 「え? あ」 ようやく地面に這いつくばっている私に気付いたティトスの馬鹿野郎が、しゃがみ込んで私の視線に合わせる。そして、地面に何か面白い物でもあるの? と、キラキラ輝いた瞳でいけしゃあしゃあとほざきやがった。殺す! 「てんめぇええええええ! 何してくれとんじゃこのボンボンがぁあああああああ!」 「え? え?」 「お前のせいでなぁ! お前のせいで妹の、妹の薬代が手に入らないだろぉ!」 ティトスに掴みかかりながら、私は逃した金貨と妹の事を思って泣いた。ちなみに男泣きである。そしてそんな私を見ていたティトスは、きょとんと首を傾げてアラジン達を見た。 「どうしてなまえは怒ってるんだい?」 「あー、なんかそこに落ちてた小銭拾おうとしてたんだけどよ、お前が邪魔したからだろ」 「僕? 僕が邪魔をしたって?」 「うわぁあああああああ!」 「なまえさん、泣かないでおくれよ」 はやく出世したい。出世して、貧乏に苦しむ家族を助けたい。その為に私はこうしてマグノシュタットで魔法を学んでいるのだ。家族の中で魔法が使えるのは私だけだから、両親や他の兄弟達が必死に働いてここに送り出してくれた。お姉ちゃんの凄い魔法が見たいと笑っていた病気の妹の為にも、私ら絶対に大魔導師になって大金持ちにならないといけないのだ。 「まったく、お金に執着するなんてみっともないと思わないのかい」 「何だと!」 「お金なんてあっても不幸な人間だっているのに」 「ティトス、言い過ぎだぞ」 「ね、アラジンだってそう思うよね?」 「ティトス! この野郎め!」 私がティトスの胸倉を掴んで詰め寄ると、ティトスは呆れたような深いため息をついた。その顔はやっぱり私の事を蔑むような目で、お互いが決して理解し合えない壁の前に立っているのだと感じた。どうせこいつに、生まれつきレーム帝国のアレキウスなんて名家に生まれた人間なんかに、私達の気持ちなんて分かるわけがない。だから哀れんだ目で私を見るんだ。 「そんなに私は哀れか! 惨めなのか!」 「なまえさん落ち着いておくれよ!」 「ティトス、お前とりあえずなまえに謝れ!」 「なんでさ、謝らないよ」 「私だって好きで貧乏やってるんじゃないんだよぉ!」 ティトスは私にぐわんぐわんと肩を揺さぶられても、まったく動じていない。それが余計に悔しくて、私が涙を溜めて更に強くティトスの胸倉を掴む手に力を込めた。しかし不意にティトスが、好き勝手に喚く私の肩を掴んだ。そしてその掴んだ肩をぐいっと引き寄せて、私の耳元に唇を寄せる。 「な……!」 「どんな理由であれ、お金の為に生きるのは不幸だよ」 「う、うるさい!」 「でも、僕ならそんな君を幸せにしてあげられるかもしれない」 「は……?」 ティトスはそう言ってくすりと笑うと、今度は私の手の平を握った。そしてアラジンとスフィントスが私達を見守る中、ティトスは流れるような動作で私の目の前に跪いた。 「君が僕のお嫁さんになればいいんだよ」 この慈悲に隠して 「……なんで?」 「だ、だから……! 僕のお嫁さんになればお金になんか一生困らないよ!」 「あ! あー、そういう……えぇえええええええ!」 2013.05.05 |