珍しく、ヒイロさんが私の後ろを歩いている。いつもは私より二、三歩前を歩くような人なのだが、きっと夜道を歩いている私の背中を守っているのだ。ヒイロさんは普段から周りに愛想を振りまくような事はしない。しないけれど、こういうさり気ない優しさを見せられる度に、私はこの人を好きで良かったと心の底から思うのだ。

「……ふふ」
「何を笑っている」
「いえ、何でもないですよ」
「俺はいつでもお前の身を案じているつもりだが」
「え、何で私の考えてる事が分かったんですか」

お前は分かりやすい、と。後ろでヒイロさんが小さく笑うのが分かった。いつもヒイロさんには、私の考えなどすぐに見抜かれてしまう。何かに迷った時も、苦しんだ時も、いつも手を伸ばして私を助けてくれるのはヒイロさんだった。どうしてヒイロさんには私の思考が読まれてしまうのだろう、と。以前デュオさんに話したら、「そりゃ、ヒイロはお前の事をいつも見てるストーカーだからな」と言っていた。その後ヒイロさんが無言で彼を殴っていた事は言うまでもないが、多分、いつでも私を見ているというのは本当だと思う。

「デュオは余計な事を言い過ぎる」
「でも面白い人ですよ」
「お前は俺だけを見ていればいい」
「おっふ……」

ふん、と鼻で笑いながらそう言うヒイロさんに、私の頬は自然と赤みを帯びていく。彼は普段から何を考えているのかよく分からない人なのに、言葉をオブラートに包むということを知らないから困る。こういう事をさらりと言われてあたふたするのはいつも私の方で、何だか悔しい。私もヒイロさんを驚かせてやろうと毎回何かしら決起するのだけれど、彼のポーカーフェイスが崩れた事は一度もない。

「あ」

しかしふと夜空を見上げ、また私の反抗心がむくむくと膨らんだ。戦闘力もさることながら、教養も深いヒイロさんは私が何かを聞いたり質問しても面白いくらいにぽんぽん答えてくれる。そんな彼ならきっと、あの空に浮かんだ月にまつわる逸話を知っているだろう。純粋な日本人でさえ、知る人の少なくなってしまったとある文豪の話を。

「ヒイロさん」
「?」

「あなたと一緒だと、いつも月が綺麗ですね」

私が立ち止まってそう呟くと、ヒイロさんもぴたりと立ち止まる。私は振り返って彼の顔を見たけれど、やはりヒイロさんの表情は変わらなかった。むむ、やはり彼でもこの逸話は知らなかったようだ。少し残念だなと思う反面、ヒイロさんでも知らない事があるのだと思うと、なんだか嬉しい。

「なまえ」
「はい?」

にやにやと足元を見ていた私の名前を、不意にヒイロさんが呼んだ。その声に振り返った私が彼を見ると、ヒイロさんは普段滅多に見せない柔和な笑みを浮かべ、私を見つめていた。

「俺もお前を愛している」




君の心は知っている

「あ……この話知ってました?」
「あぁ。だが、回りくどいのは好きじゃない」
「ヒイロさんらしいですね」
「そんな俺も好きなんだろう」
「む、むぅ……」

(か、敵わないなぁ……)




2013.05.04