モルジアナは何故か、いつも俺と話す時だけムスーンとした顔をしている。アリババやアラジンと話している時はそうでもないのに、俺は彼女に嫌われているようだ。困ったなぁ、俺はシンドリアに初めてやって来たモルジアナを見た瞬間から、ずっと彼女が好きなのに。

「おかしいよなー何で嫌われてんだろ、俺」
「誰も貴方のようなちゃらんぽらんは嫌いですよ」
「それ本気で言ってるんですかジャーファルさん」

俺のガラスのハートが砕けちゃう、と泣いたフリをしたら、「そのまま砕けて消えろ」と言われた。ほんとに泣くぞ。まったく先輩なのにジャーファルさんは全然俺に優しくない。隣のマスルールを見習って欲しいものだ。さっきから一言も喋らずに俺の話を聞いてくれているじゃないか。

「違います、貴方の話を聞いてるんじゃなくて食事に夢中なだけです」
「ウス」
「ウス、じゃねーよマスルールこの野郎! モルジアナと同じファナリスだからって調子こいてんじゃねーぞこのムッツリがぁ!」
「調子こいてないっす」

もりもりお野菜ばっか食ってんじゃねーよ! とサラダのボウルを奪って俺がもりもり食べだしたら、野郎は今度は魚をもりもり食べだした。んだよ、誰も俺の話聞いてくれねーよと半分不貞腐れながら酒が半分入ったコップを飲み干すと、マスルールが突然何かを思い出したかのように「あ」と呟いた。

「何だよ、きたねーから魚の鱗飛ばすな」
「……先輩、多分嫌われてないっすよ」
「あん? 誰にだよ……ってモルジアナに?」
「ウス」

無表情のままそう言うと、マスルールはまたもりもり魚を食べだした。多分マスルールの言う事だから、俺が嫌われてないというのは恐らく本当だろう。でも、マスルールってあんがい感情の機微に疎いからなぁ……分からん。

「えぇー、でもそんな事言ってもぉ、やっぱりモルジアナは俺の事嫌いなんだろぉー!」
「女子か。告白に踏み切れない女子ですか貴方は」
「だってジャーファルさん! モルジアナは、俺と話す時だけいっつもムスーンムスーンしてるんですよぉ!」

俺だって、モルジアナが笑った所が見たいよ。初めて会った日はとても可愛く笑ってくれたのに(といっても、笑いかけたのは俺ではなくてシンドバッドさんにだった)。何を隠そう俺は、彼女のそんな笑顔に惚れたのだ。骨抜きにされたのだ。嫌われていても構わないから、せめて笑顔を見せて欲しい。

「……そんなにモルジアナが好きなら、直接何故嫌われてるのか聞いたらいいじゃないですか」
「え? それを俺にやれと言うんですか? コミュニケーション能力が無さ過ぎて国を追われたこの俺に?」
「いいから行けこのちゃらんぽらん」
「ギャース!」

ウジウジしていたらジャーファルさんに尻を蹴られ、モルジアナが一人でもりもり魚料理を食っている方へと追いやられた。手加減されない蹴りの痛みに尻を押さえながらよろよろとモルジアナに近付くと、めっちゃ不審の眼差しで見られた。そりゃそうだわ。

「あ、と……こんばんは」
「……こんばんは」
「……さようなら」

そのまま回れ右をしてジャーファルさん達の所に戻ったら、今度はマスルールに尻を蹴られた。そしてファナリスに蹴られた物凄い衝動でズザザッ、とモルジアナの足元近くまで吹っ飛ばされて、本日二度目のこんばんはをモルジアナとする事になった。なにこれ。

「……あの、私に何か用ですか?」
「ひょあ? よ、用というかね……」
「……」
「よ、用というか……痛い!」

持ち前のコミュ障をモルジアナの前で遺憾無く発揮していると、俺の後頭部にグラスが当たって砕けた。恐らくジャーファルさん辺りが、ウジウジしている女々しい俺に見兼ねてそうしたのだろう。くそ、元々馬鹿なのに余計馬鹿になっちまうだろうが! ジャーファルさんの馬鹿!

「用がないなら、私はもう帰りますけど……」

食事も終わったんで、と。モルジアナが綺麗に片付いた食器を持って立ち上がる。そんな彼女に慌てた俺は、地面に這いつくばったまま彼女の足にしがみついた。するとモルジアナが大きな目をかっと見開いて、自分に取り付いた俺の事を凝視する。

「な、何をしてるんですか!」
「俺の話を聞いてくれモルジアナ!」
「聞きますよ! 聞きますから放してください!」
「どうして、どうして……


俺の事を嫌いなんだよ!」

ピタリ、と。俺を振り払おうとしていたモルジアナの動きが止まる。そして驚愕の表情を浮かべた彼女が、俺の目の前にへなへなと座り込んだ。え? 何? この表情は何? と俺が一人でパニックに陥っていると、不意にモルジアナがぽつりと呟いた。

「……なまえさん、どうしてそんな事を聞くんですか」
「え……だ、だってよ! モルジアナはいつも、俺と話す時だけ変にムスーンってしてるから。嫌われてんのかなって……」

俺が恐る恐るそう言うと、モルジアナがまたあのムスーンとした表情を浮かべる。けれど何故かその時のモルジアナの顔は真っ赤になってて、俺は面白くて吹き出した。

「笑わないでください」
「ごめ、だってモルジアナが可愛いんだもんよ」
「か、可愛くなんかないです……」
「いや、可愛いよ。モルジアナは可愛い」

ムスーンとされるのは好きじゃないけれど、そんなモルジアナの表情だって好きだ。笑った顔が見たいなんて贅沢を言ったが、本当は彼女が見せてくれるものならば俺は何だって好きになる。恋は盲目なんてよく言ったものだ。昔の偉人達は正しい事を言う。

「……嫌いじゃ、ないですよ」
「え?」
「なまえさんの事は、嫌いじゃないです」

そう言ってモルジアナが、サッと俺から視線を逸らす。けれどやっぱり彼女の頬は夕陽のように真っ赤で、俺はほっと胸を撫で下ろした。良かった、嫌われてなかったんだなぁ。

「ただ、なまえさんを見ているとどんな顔をしていいのか分からなくなります」
「え? 何で?」

それが分からないから困ってるんです、と。モルジアナが俺を睨み付けながらそう言った。やっぱり可愛いよモルジアナ。

「貴方を見ていると何故か胸が温かくなって、顔がにやけてしまいます。でもそんな顔は他の人に見せられないので、いつも頑張って我慢してます」
「……ほぉ、なるほど。それでムスーンか」
「ええ。誤解させてしまって、本当にすみませんでした」
「いえいえこちらこそ、誤解しててすみませんでした」

お互いにペコペコ謝って、俺は「じゃ」と言ってモルジアナの元を去った。そして俺とモルジアナの様子を遠くで見ているジャーファルさんとマスルールに向かって、高く拳を突き上げる。やったよ! 俺はモルジアナに嫌われてなかったよ! 俺の初恋はまだ砕け散ってなかったよ!

「それで、モルジアナは何と?」
「えー? 何かねー俺を見てるとあったかい気持ちになってにやけちゃうから、それを隠す為にムスーンってしてるんだってさ。モルジアナ超可愛い! 俺はますますモルジアナに惚れちゃう!」


「……それ、告白されてません?」「え?」




愚か者の朗らかな恋路

「ええええええ! ジャーファルさん嘘つかないでくださいよ!」
「いや……まぁ確信があるわけじゃないですけど」
「もぉおおおおそんな期待させられたら、振られた時に俺は死ぬしかないじゃないですか!」
「死んだらいいじゃないですか」




2013.04.30