「なまえさん」

「V。どうしたの?」


僕が呼んだらすぐに振り返って、優しく微笑んでくれるなまえさん。彼女は大好きな兄様の大切な人で、僕はそんな彼女が大好きだった。いつもは兄様がなまえを独占しているけれど、兄様がいない今は僕だけの姉様になる。


「なまえさん……あの」

「姉様って呼んでいいから、おいでV!」


笑って僕を迎えてくれるなまえさん。僕は彼女の胸にとびこんで、柔らかな身体に腕を回す。X兄様とW兄様も香水の良い香りがするけれど、なまえさんは女の人の優しい香りがするから好きだ。今は薄れてしまったお母様の記憶が蘇るようで、とても穏やかな気持ちになるから。


「かわいいねーいい子いい子」

「へへ、姉様くすぐったいですよ」


僕の頭を撫でながら、なまえさんがぎゅうぎゅう僕を抱き締めてくれる。W兄様は気に入らないみたいだけれど、なまえさんは僕を本当の弟のようにいつも可愛がってくれた。だからW兄様にはしない事も、僕にならば何でもしてくれる。特別っていうのが嬉しくて、その昔お父様が僕だけにカードをプレゼントしてくれたあの日を思い出した。


「姉様、僕……姉様がここにいてくれて、本当に良かったと思います」

「それは、嬉しいな」

「姉様、どうかこれからも……僕達と一緒にいてくださいね」

「もちろんだよ」


W兄様はなまえさんと一緒になってから、以前よりずっと穏やかになった。確かなことは分からないけれど、兄様がそうなったのはなまえさんの存在があったからだと思う。ほんの少しだけ昔の兄様を垣間見れる瞬間がある度に、僕はいつも泣きそうになる。だからもしかするとなまえさんは、壊れてしまった僕の家族を再生してくれる人なのかもしれない。今はまだ時間が掛かっても、いつかきっと。


「姉様」

「うん?」

「……大好きです」


そう囁いて、そっと瞼を閉じた。すると遠いあの日の、暖炉を囲んだ温かな家族の日々が思い出されたから、僕は少しだけ泣きそうになった。




まだ来ない明日

(兄様は、あの優しい日々を覚えてますか)




2012.03.15