これの続き



どうしてこうなってしまったのか。俺にはまるで見当がつけられない。


「なぁヨハン、最近お前ら何かあったのか?」

「何がって、何がだよ」

「なまえだよ。お前ら二人は一心同体ってくらいいつも一緒にいたのに……最近はそうじゃないことが多いよな」

「……まぁ、な。そんな日もあるさ」


ある日、授業を終えたばかりの俺に同級生がそう尋ねて来た。けれどそんなことを聞かれても、そもそもの原因が俺にも分からない以上何とも応えることができない。曖昧に苦笑を返しながら、俺は遠くでせっせとデッキ調整に勤しむなまえを見つめた。


「……」


何で急に距離をとるんだろうなぁ……。俺、知らないうちにあいつに何かしたのかな。けれど俺にはその何かをした覚えはまったく無いし、覚えが無いことぐらいで仲が悪くなる程俺達の関係は脆くない。はず。俺となまえは幼い頃からの付き合いだ。それこそ、兄弟や家族なんかよりもずっと深い絆で結ばれている。


「なぁ、なまえ」

「ヨハン、どうしたの」

「今日は一緒に飯でも食おうぜ」

「……ごめんね、今日は先生に仕事を任されてるから」

「そう、か……じゃあ、仕方ないよな!」


最近、二人で一緒に過ごした記憶があまり無い。むしろなまえの俺に対する態度は、日を追うごとに拒絶のそれへと変わっていった。その理由がまったく分からないまま、俺は胸を刺す苦しみに悩み続ける。こんなことは、全部嘘であって欲しい。なまえが俺を遠ざけるなんて、ありえるはずがない。何かの間違いだと自分に言い聞かせながら、なまえのいない寂しい毎日を見送った。




* * *




「明日、少し話せないか……と」


そんな内容のメールを打って、俺は祈るような気持ちでなまえにメールを送信する。話もしてくれない、電話にも出てくれない。となると、女々しくも俺に残された手段はこれしかなかった。一瞬、受信拒否されてたらどうしようかと不安になったものの、その心配は俺の杞憂でしかなかった。予想外に、送信してから数分も経たないうちになまえの返事は返ってきた。


「……は?」



『明日は資料室の整理を任されてるから、ごめん』



「っ、何だよそれ!」


メールの文面を読んで、俺は力一杯携帯を床に叩きつけていた。がちゃん、と壊れるような音をたてて投げ出された携帯を見つめ、俺は困惑と怒りで頬が蒸気していくのを感じた。

……資料室の整理って、これで今週何度目になるんだよ。分かってはいたが、明らかになまえは俺を避けようとしている。どうして、どうしてこんなことをするんだよなまえ。俺はこんなにもお前を必要としているのに。お前はもう、俺のことなんて必要無くなったのか?


「くそっ……」


離れていくなまえとの距離を埋められない自分に苛立ちを覚えた。この寂しさを埋めるためにはもう、俺に残された手段は一つしかない。そうすることで、例えなまえに嫌われたとしても、 俺は――その結論にたどり着いた時、俺の心に暗い影が落ちる。これは、なまえが最も嫌う感情だった。




* * *




「頼むから、叫んだりするなよ。お前に痛い思いをさせたくはない」

「ヨハン、一体何を……」

「……お前が悪いんだからな」


そう言い訳染みた台詞を吐いて、俺はベッドに押し倒したなまえへ噛みつくようなキスをした。数週間ぶりのなまえの温もりに、俺自身が異様に昂って下半身が熱くなる。好きだ、好きだなまえ。すん、と鼻を鳴らして吸い込んだ空気は、甘いなまえの香りがした。ぞくぞくと寒気にも似た興奮が、俺の背中を走る。


「……このまま、最後までやってもいいよな?」

「!っ、嫌、ヨハン……!」


抵抗しないなまえに気をよくしたまま片手を服の中へと浸入させると、身を強張らせたなまえが俺の肩を押し返す。けれどそんな弱々しい抵抗では、俺を押し退けることはできない。空いたもう片方の手でなまえの両手を拘束して押さえ付ければ、案の定なまえはすっかり大人しくなった。

目尻に大粒の涙を浮かべて、か細い声でやめてと懇願するなまえは、俺の中の加虐心と熱情を余計に煽る。こんな感情が自分の中にも存在するのだと知ってしまった以上、俺はもう自分で自分を取り戻すことはできなかった。
「……ごめんな、ごめんななまえっ、」

「よはっ、ん……」

「大事だったのに、大事にしてたのに……っ」


綺麗な白の上にじっとりと染み込んだ赤を見て、知らず知らず涙が溢れる。こんなことは、もっと温かくて、優しい気持ちでしたかったのに。けれどそんな後悔とは裏腹に、俺がなまえを求める気持ちに歯止めが効くことはなかった。俺は狂った獣みたいに何度も何度もなまえの細い腰を抱え込んで、自分の醜くい欲望を打ち付ける。いつしか抵抗する気力さえ失ったなまえは、されるがままに俺のことを受け入れ続けた。


「……なまえ、」


無防備ななまえの唇にキスをしようとして、躊躇った俺はそのままなまえの細い首筋に噛みついた。もう俺は、淡い気持ちを持ってなまえに口付けることは一生赦されないことなのだと自覚していた。




愛さなくていい

(そう思っていたのに、この胸は酷く痛むのだ)




2012.02.06