真夜中にふと目が覚めると、隣で眠っているはずのなまえが暗闇の中すんすんと鼻を鳴らして泣いていた。それにいち早く気付いた俺は、眠気など忘れて慌ててなまえを抱き起こした。するとなまえは、涙でぐちゃぐちゃになった顔を隠すように俺の胸へと大人しく納まった。一体何があったんだと俺が問いかけても、なまえはただただ首を横に振るばかりで満足のいく答えは得られない。そこで俺は、今日(特に今夜)の出来事をざっと振り返ってみた。もしかするとそこになまえを悲しませるような原因が――……あり過ぎて逆に分からん。


「おい、なまえ。どうして泣いてやがるんだ、はっきり言えよ。泣いてたら分かんねえだろ」

「W……」

「……怖い夢でも見たのか」


できるだけ優しく頭を撫でながらそう尋ねると、なまえは小さく何度も何度も頷いた。とりあえず俺が直接の原因で無かったことに安心しつつ、未だに泣き続けるなまえの背中を撫でる。すると徐々に落ち着きを取り戻したなまえが、俺から少し離れて溢れる涙を拭った。けれどあんまりその手が強く目元を擦るもんだから、見かねた俺が代わりに涙を拭ってやる。珍しくされるがままのなまえに違和感を覚えたが、俺は再び彼女を自分の腕の中へと引き戻した。


「少しは落ち着いたかよ、なまえ」

「うん、」

「……泣いてた理由、聞いてもいいか?」

「うん……あのね、Wがね……」




* * *




「俺が我が侭し放題なてめえに愛想尽かして、他の女に浮気しちまう夢ね……」


あれから涙ながらに語られたなまえの悪夢は、要約すると正にその通りだった。何とも現実味の無い下らねえ夢だとは思ったが、当人にしてみれば俺に捨てられることは相当辛いことであるらしい。普段まるで自分一人で生きているかの如く振る舞うなまえだが、実際のこいつの毎日は俺がいなければ成り立たない程に不安定だ。それを重々承知しているからこそ、俺に捨てられることをなまえは何よりも恐れる。


「あのな、生活が困るからっていちいち泣くんじゃねえ。びっくりするだろうが」

「だって……」

「心配しなくても、てめえのことは老後の分までしっかり俺が面倒を見てやるよ。そのかわり死んでも放すつもりは無えからって、最初に言っただろ」

「……違うよ、私はそんなことで泣いたりしない」

「あ?」


「Wが……













私じゃない他の誰かに取られるのが嫌だったんだよ」

「な……」

「ねぇ、私以外の人を見たら嫌だよW」


そう言って鼻をすすったなまえがまた俺の胸に泣きっ面を押し付けてきた。

……いや、こいつにそんな言葉を期待して無かったとは言わないが、正直かなり驚いた。こいつは俺のことなんて、所詮生活の面倒を見てくれる都合のいい男としてしか見ていないとばかり思っていたから。そんな普段決して口にしない可愛いことを、しかもこんなタイミング言われたら余計になまえを手放したく無くなる。つーか手放してなるものか。くそ、絶対狙ってるだろ。


「……分かってる」

「W、」

「俺にはもう、お前しかいない」

「……嬉しい」

「っ、てめえの方こそ、俺を捨てやがったらぶっ殺すからな!」

「覚えておく」


そう言って微笑んだなまえを見て、俺はほっと安堵のため息をついた。眠っていた筈なのに、何だかどっと疲れた。そう思ってふとなまえを見ると、なまえも俺と同じように眠たげに欠伸をしていた。可愛いな畜生。そんななまえの体を抱き締めたまま再びベッドに倒れ込んで、俺は重くなる瞼を閉じた。これからはこうして、なまえを抱き締めながら眠ろうと思う。そうすればきっと、二度とそんな馬鹿馬鹿しい悪夢を見ることも無くなるだろうしな。




代えがたいもの

(少しは反省したかよ)




2012.01.31