(2013.03.31)
全ての戦いが終わったあと、ジュドーは木星、私は地球に残る事になった。本当ならジュドーと離れたく無かったけれど、私にはまだ地球でやるべき事が残されていたから、泣く泣く彼を木星に送り出す事となった。

「さ、さよ……さよなら、さよならジュドーぉおおお……!」
「あー、やっぱり泣いた」
「ごめ、ごめんよぉ……! うわぁあああん」

そして別れの日、せっかく出発の前に二人だけの時間をジュドーが作ってくれたにも関わらず、私は胸に迫る寂しさから泣いてばかりだった。そんな私を見たジュドーは困ったように笑いながら、私の頭を抱き寄せる。

「頼むから、笑顔で見送ってくれよ。これじゃ、なまえを思い出す顔が泣き顔ばっかりになっちゃうでしょ」
「うん、分かってる。分かってるけど……」
「あ! でも俺、泣いてるなまえの顔も好きなんだよなぁ」
「え……えぇ?」

ジュドーの言葉に私が驚いて顔を上げると、ジュドーはとても優しい笑顔で私を見ていた。その顔を見た瞬間また泣きそうになって、今度は鼻水まで流して大泣きした。本当は私だって、ジュドーと一緒に木星に行きたかった。仕方ない事ではあるけれど、一緒に行けるプルやルーが恨めしい。

「もう、そんなに泣かないでよ。二度と会えなくなるわけじゃないんだからさ」
「私はいつも一緒にいたいんだよぉおお……!」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……今は残酷な言葉だな、それ」
「ジュドー……」

そうしんみりと言ったジュドーに、私も言葉を失くす。その時になってようやく私は、自分の肩を掴むジュドーの手が、小さく震えている事に気付いた。自分ばかりが寂しいのだと思い込んでいたけれど、本当はそうでは無かったのだ。これから木星にむかうジュドーだって、寂しくない訳が無いのに。

「……もう行くよ、元気でな」
「うん、ジュドーもね」
「俺はいつでも元気だって。なまえも、泣いてばかりじゃ駄目だからね」
「うん……」
「あぁ、こら! 言った傍から泣かないの!」

これじゃ安心して出発できないよ、と。ジュドーがまた困ったように笑った。そして優しく私の頭を撫でて、私の涙を拭う。私だって本当は、泣いてないでちゃんと笑顔でジュドーを送り出したい。けれど、それができないから困るのだ。いい加減涙を止めないと、本当にジュドーが出発できなくなる。

「ごめん、今泣き止む……ふんぬ! 止まれ涙!」
「なんだ、そんなに元気なら大丈夫か。それじゃ、本当にもう行くよ」
「うん、またねジュドー」
「あぁ、またな。次会う時までには、ちゃんと笑顔の練習しといてよね」
「じゃあ、今度会ったらいっぱいちゅーして」
「はいはい、分かりましたよ」

離れていくジュドーに手を振りながら、私はまた泣きそうになる。それをグッと堪えて、ジュドーの背中が見えなくなるまで見送り続けた。

* * *

「んもぉ、聞いてくださいよ万丈さん! ジュドーの奴、木星に行って三日しか連絡くれなかったんですよ! 何なんですか、浮気してんですか?」
「飲み過ぎだよ、なまえ」
「うぅ……ジュドーのばかやろぉ……!」
「やれやれ、今度は泣くのかい? 忙しい人だなぁ君も」

ジュドーが木星に行ってから二年の月日が流れた。モビルスーツに乗っていた私はもう大学生になり、気付けば未成年を卒業していた。その間ジュドーからの連絡は最初のうちに数度あったのみで、今は音信不通となっている。時折火星から地球にやって来る万丈さんや、木星に出張するアムロ大尉の話を聞いたりすると、ジュドーは元気にやっているらしいのだけれど……

「ジュドーは君の事を忘れてないよ」
「じゃあ何で連絡無いんだよ畜生……!」
「まぁまぁ、少し水でも飲んで落ち着きなよ。そのうちいい事あるから、ね?」
「もういいですよ! ジュドーが浮気してるならこっちだって浮気してやらぁー!」
「またそんな事言って、ジュドー以外の男に恋なんてできるの?」

「できません!」

そのまま机に突っ伏して、カクテルの入ったグラスを見つめる。悔しいけれど、私にはもうジュドー以外の誰かを好きになるなんて事は無理だ、できないのだ。四歳も年下の男の子にここまで入れ込むなんて、他人から見ればみっともなく映るかもしれない。

「捨てられたのかなぁ……悲しいなぁ」
「ジュドーはそんな男じゃない。信じてあげなって」
「くそぉ……ジュドーの浮気者ぉ……!」



「誰が浮気者だって?」
「!」

不意に私と万丈さんの座るカウンター席の後ろから、聞き慣れた声が聞こえた。私は酒が周り朦朧とする頭で、その声の主の方を見る。

「酒くさ! ちょっと、飲み過ぎなんじゃないの?」
「え……え? え?」
「極東支部にいないから探したよ。学生がこんな時間までお酒なんか飲んでていいのかよ」
「じゅ、ジュドー……?」

突然私の目の前に現れたジュドーは、飲みかけのカクテルグラスを奪い取ってそれを万丈さんに渡してしまった。そして机に突っ伏したままの私を見て、呆れたようなため息をつく。

「出迎えてくれないなんて、寂しいじゃないの」
「……いつ帰って来てたの?」
「一昨日」
「連絡もらってないけど。しかも二年も!」
「忙しかったんだよ、ごめんな」
「何それ……納得いかない」

ジュドーが地球に来る事さえ知らされていなかった私は、そう言ってそっぽを向いた。そんな私を見て、ジュドーが困ったように笑う。そういえば、別れの日もこんな風にジュドーは笑っていたっけか。ぼんやりと昔の事を思い出すと、また泣きそうになった。すると私の気持ちを察したのか、ジュドーが不意に私の手を取って、無理矢理私を席から立ち上がらせた。

「万丈さんすみません、俺達帰ります」
「私はまだ帰らない!」
「分かった。じゃあここは僕が払っておくよ。また一緒に飲もうね」
「嫌だ放せ! 万丈さん助けてくださいよぉ!」
「おやすみ、なまえ」

ジュドーに引きずられるように居酒屋を後にして、二人でネオンの輝く街の中を歩いて帰った。お酒が回っている私はフラフラとジュドーの後を着いて行くのがやっとで、時折つまずきそうになりながらジュドーの背中を追う。すると途中でジュドーが歩くのを止めて、私は勢いよくその背中に衝突した。

「痛いよ……」
「あ、ごめん。俺歩くの速い?」
「……ちょっと速い」
「ん、じゃあゆっくり歩くな」
「……」

千鳥足の私を気遣ってゆっくりと歩き出すジュドーを、今度は私が引き止める。するとジュドーは不思議そうな表情で振り返り、私の手を引いた。けれど私はその場にじっと立ったまま動かずに、自分のつま先を見つめ続けた。

「どうした? どっか痛いのか?」
「……」
「ん?」

黙り込んだ私の顔を覗き込んで、ジュドーが不思議そうに首を傾げる。私はそんなジュドーの頬を両手で包み込んで、無防備な彼の唇にキスをした。ジュドーは一瞬目を見開いて驚いた顔をしたが、すぐに私の腰を抱き寄せてキスに応えてくれた。それだけでも嬉しくなった私はジュドーの頬から首に両腕を巻き付けて、私達は人目も気にせず何度もキスを交わした。

「今日のお姉さん、大胆だね」
「からかわないでよ」

ジュドーが私をお姉さんと改まって呼ぶ時は、大抵私をからかっている時だった。唾液でべたべたになった唇を舐めながら、ジュドーが意地悪く微笑む。色っぽい表情だと思った。私はそんなジュドーから視線を逸らして、彼の胸に頭を寄せる。

「……言い訳するつもりは無いけど、今まで連絡できなくてごめんな」
「いいよ、もう」
「心配かけたよな。不安になった?」
「少し……いや、凄く不安だった」
「ごめんな、本当に」

そう言ってジュドーが、私の身体を抱き寄せた。私も彼の背中に両腕を回して、しがみつくように抱き締め返す。二年振りの再会が、こんなに身に沁みるなんて思わなかった。やはり私は、口ではどう言おうとジュドーを忘れる事などできないのだ。

「捨てられたのかと思ったよ……」
「捨てないよ。あんなに泣かれたらさ、逆に手放したくなくなるって」
「じゃあ、大泣きした甲斐があったかも」
「お陰で俺も、向こうで毎日頑張れたよ。なまえの顔が見たくて……ずっと恋しかった」

ジュドーが私を抱く手に力を込めて、そう染み染みと口にする。私だってずっとジュドーが恋しくて、寂しくて、毎日そんな気持ちを紛らわせるようにガムシャラに頑張った。だから今こうして再会できた事が嬉しくて、ジュドーがまた木星に帰ってしまうのだと思うと悲しさに胸が張り裂けそうになる。

「でも、これからは離れなくてすむな」
「……どうして? 木星には帰らないの?」
「帰るよ。帰るけど、今度はなまえも一緒に帰るんだよ」
「へー、そうなんだ……え?」

私が驚いて顔を上げると、ジュドーが笑った。そして私の手を握り、その場に膝をつく。酔った頭ではジュドーの言った言葉の意味を整理できず、私は混乱しながら彼を見つめた。

「俺と一緒に、木星で暮らそう」
「きゅ、急にどうしたの?」
「一応これ、俺なりのプロポーズなんだけど」
「……私と結婚したいって事?」
「そう、そういう事」

どうかな、と。私の目を見据え、珍しく真面目な面持ちでジュドーがそう言った。私はジュドーに手を握られながら、しばらくじっと考え込む。もちろん私には席を置く大学や極東支部の配属があるために、二つ返事で彼のプロポーズを受ける事はできない。地球で一緒に暮らす家族もいる。しかし、それでもーー

「……木星、行きます!」

距離の分だけ愛を
(隔てる物さえ押し退けて)

答えを聞いたジュドーは、私を勢いよく抱き上げて喜んだ。後日、アムロ大尉から聞いた話によると、ジュドーは私の所属を極東支部から木星に移してもらえるように色々と頑張ってくれていたらしい。私への連絡が三日坊主になったのも、どうやらそのせいなんだとか。何だか、地球でぐちぐちとアルコール片手に文句を垂れ流していた自分がめちゃくちゃ恥ずかしい。