(2010.12.22)
※在りもしないの続編


俺達の関係は、とても脆いものだと世界は笑うだろうか。

「はっ、ぁっ……」
「……苦しいか?」
「だ…いじょ、ぶ……」

口ではそう言うものの、今俺を受け入れているなまえは非常に苦しそうだった。それもそうだろう、彼女がこの行為に及ぶのは、これが初めてなのだから。

「少し、力を抜け……っ、でらキツイ」
「そ、んな……の、」

無理。と、消え入りそうな声で呟いたなまえの、白く綺麗な首筋に噛みつく。なるべく歯は立てず、刺激を与えるように。するとしっかりその刺激を感じとったなまえは、俺の下で細い身体を震わせながら甘い悲鳴を上げた。

「……」

あぁ、そんなことにさえ異常な興奮を覚える俺はきっと、もう手遅れなほどにお前の虜なのだ。

「なまえ」
「…?」
「愛している」

この行為の最中、俺はどれだけこの言葉を彼女に伝えただろう。しかしどれも俺の一方通行であり、彼女から答えが返って来ることは無かった。それは彼女の中に残る、人間としての微かな背徳感がそうさせているのか、俺に真意は分からないが。

「何があっても、俺はお前を守る」
「……サカマタ」
「絶対に、手放したりはしない」

分かっているさ、自分がどれだけ愚かなことをしているのかなど。けれど止まるわけにはいかない……否、もう止まれない。初めて水槽ごしにお前の笑顔を見た時、野生でもトラジエントだったはずの俺が、本気で誰かと寄り添いたいと思ったのだ。その気持ちを教えてくれたのは、紛れもないお前自身。

「愛している」
「……」
「分かってくれとは……言わん」

見返りを求めたりも、答えを求めたりもしない。だが、やはり分かって欲しいと思うのは、俺自身の我が儘か? 俺はシャチで、お前は人間だ。だが、それが一体何なんだ。 例え越えられない種族の壁があったとしても、俺は――

「サカマタ……」
「……なんだ?」
「どうして、泣いているの…?」

泣いている?
そう言われて、そっと自身の頬に触れてみる。すると彼女の指摘通り、気づけば俺の頬からは温かな雫が伝っていた。不思議に思ってその雫を拭おうとした時、するりと彼女の細腕が伸びて、俺の頬を撫でた。

「サカマタ、動物は…ね」
「?」
「感情からは涙を……流さないんだって」

涙?
あぁ、これがそうなのか。俺が野生で唯一、知り得なかったもの。不思議だな、流れる涙は深い海のように冷たいというのに、彼女が触れた涙だけは、何故かとても温かかった。

「泣かないでよ」
「……なまえ」
「愛してるから」
「!」

不意に俺の口先に、温かなものが触れる。それが彼女の柔らかな唇であると、俺が気付いたのはなまえの顔が離れ数秒が経った頃。そしてその行為が、彼女の不器用な愛情表現であるという事も、その時漸く気付いた。

「いいのか…」
「うん」
「もう戻れなくても、か?」
「構わないよ」

そう言って、なまえは再び俺の口先に自身のそれを重ねた。今度は、先ほどよりも少しだけ長く。

「だからね、サカマタ。私を置いていかないでよ」


光が届かないというならば、いっそ深くへ潜っていこう。