(2013.03.07)
「もしも次の出撃から無事に帰って来れたなら、僕と結婚して欲しい」

大空魔竜の中の、一体どこから調達したのか分からない薔薇の花束を携えた万丈さんが、私の目の前で膝をつきながらそう言った。そしてそんな突然のプロポーズを受けた私は、あんぐりと口を開いて返事の言葉を探した。


「……本気ですか」
「あぁ、いつになく」
「そうですか……ですが本気のところ悪いんですが私は――」
「おっと、続きは僕が帰って来た時にでも聞かせてくれ。それまで君も、真面目に結婚を考えてみてくれないか」

そう言って軍手を外した私の手の甲に、万丈さんが口付ける。こんな機械油で汚れた手に、よくも臆せず触れられるものだなと思った。ましてや汚れや煙臭さの絶えないこの私に、結婚を申し込むなんて。常日頃変わった人だとは思っていたけれど、ここまでくるとただの変人にも思えなくはない。

「せっかくですけど万丈さん、私はまだ十八歳ですよ? 結婚のことなんて、全然考えられません」
「そうかい? 結婚の決断に、年齢は関係ないと思うけどね」

キザったらしく私の唇をなぞる万丈さんに、正直鳥肌が止まらない。別にこの人のことが嫌いな訳ではないのだが、日頃機械以外と触れ合うことのない私には、少々波嵐万丈という伊達男は刺激が強すぎる。なるべく自然体を装いながら万丈さんの手を払いのけるものの、私の心臓は早鐘のように煩かった。

「どうして、私なんですか」

この大空魔竜には私なんか比べものにならないくらいの、素敵な女性は沢山いる。それに私は万丈さんがよく口にする「グラマーな美女」としての要素など微塵もないのだ。容貌だって整備士の仕事の忙しさから、髪はぼさぼさだし肌の血色もあまり良くない。女性として魅力的かどうかも怪しいこの私の、一体何処がいいというのだろう。

「それは君が、僕と結婚すると言ってくれたら教えてあげる」
「何ですかそれ……」
「当たり前だろ? 断られるかもしれないのに、僕が馬鹿正直に全てを話すと思うかい」
「……」

そう言われれば正論なのだが、はいそうですかと素直に納得もできない。結婚して欲しかったらそれなりの理由を話してくれればいいのに、この人には何を言っても通じなさそうだ。私は大袈裟にため息を吐いて、出撃準備に向かう万丈さんを見送った。



* * *


「約束通り、無事に帰って来たよ」
「……」
「さぁ、返事を聞かせてくれないか」

戦闘も無事に終わり、万丈さんはダイターン3に少しばかり損傷を受けた程度で帰還した。しかしよくよく考えてみたら、この人にとって無事に生還するなんて事はたいして難しいことでもないのではなかろうか。だから今回も普通に帰って来ると思っていたし、「もしもあの人が死んでしまったらどうしよう……!」なんて気分にもならなかった。だから、そう、この場合はどうしたらいいんだろう。

「……万丈さん、私まったく結婚しようという気持ちにならなかったんですけど」
「なんだって! 本当に本気で考えてくれたのかい?」
「それはもちろんですけど……だって万丈さん、撃墜される心配なんて全然ないんですもん」

カミーユくんとかジュドーくんならまだしも、と最後に付け加えると、万丈さんはがくりと肩を落とした。どうやら相当落胆したらしく、いつもの威風堂々たるオーラが感じられない。そんな様子を見ていたら流石に申し訳なく感じられて、私はどうしたものかと首を傾げる。

「……あ、なら私のどこが好きになったのか教えてください」
「え?」
「そしたら、もっとよく考えてみます……」
「……」

万丈さんは私が結婚を了承したら教えると言ったが、やっぱり知らないままで結婚などできなかった。だからもしも本気で私と結婚したいと思っているのなら、それなりの理由を私に話して欲しい。そんな意味を込めてじっと万丈さんを見つめると、彼は深く考え込んでいる様子で口を閉ざした。

「……ずっと、見ていたんだ」

すると私の気持ちが通じたのか、万丈さんが苦笑しながら重く口を開いた。

「一生懸命皆の機体整備に走り回ってる姿とか、寝る間も惜しんで何度も不備が無いかチェックしてる姿とかさ」
「……」
「どうしてこんな風に頑張るんだろうと思って見ていたら、いつの間にか君が愛おしくなっていたんだ」

そう言って万丈さんは、また汚れた私の手を取った。戦闘終了後なだけあって、さっきの何倍もススや油で汚れている両手を、万丈さんはまるで慈しむかのように優しく握る。そんな仕草に一瞬ドキッと心臓が跳ねて、顔が熱くなった。

「綺麗な手だ」
「……そんなことないです」
「いいや、一生懸命頑張る君の、僕が大好きな手だ」

そう言ってまた、万丈さんが裸になった手の甲に口付ける。以前誰かに汚いと言われてからは、なるべく軍手をはめるようにしていた私の手。自分でも汚れていると自覚している分傷つきはしなかったけれど、万丈さんはこの手を好きだと言ってくれる。

「……そうですか」
「あぁ、これが僕の気持ちだよ」

正直な所、まだ結婚しようなんて気持ちにはなっていない。けれどこの際プロポーズの話は抜きにして、万丈さんが言った言葉を信じてみたいと思う自分がいた。

「……もう一度、答えを聞いてもいいかい?」
「はい」

若い頃の決断が後々何をもたらすのかは分からないけれど、万丈さんが言ってくれた今の言葉さえあれば、私はこの先きっと後悔することはないと思った。


「私は――……」


手招く幸せ

(不束者ですが、よろしくお願いします)