(2012.03.02)
次の出撃に備えて、そろそろ床につこうとした真夜中の二時ちょうど。不意に自室の扉が開いて、俺は暗い部屋に差し込む光の方を見た。


「……なまえ?」

「大尉……」

「どうしたんだい?こんな夜中に……」


なまえが自ら俺の所へやって来るのは珍しい。しかも、こんな夜更けに。不思議に思って彼女の顔を覗くと、彼女は難しい顔で口を引き結んで俯いてしまった。


「黙っていても分からないぞ」

「大尉……あの……」

「ん?」

「……私と一緒に……寝てください」


最後の方は尻窄みになって聞き取り辛かったものの、彼女の言葉は何となく俺が初めから予想していた答えと同じだった。だから俺は返事の代わりに俯いたままのなまえの手を取って、部屋の中へと引き入れる。

* * *

「寒くはないかい?もう少しこっちへおいで」

「はい」


一人用のベッドは狭い。だから自然と抱き合うようにして、俺達は体を寄せ合った。そうすると普段は簡素で物寂しいベッドの中も、とても居心地良く感じる。全身で彼女の感触を味わいながら抱き締める手に力を込めると、なまえはくすぐったそうに体をよじった。可愛い。


「ところで、今夜は一体どうしたんだ?」

「……笑いませんか?」

「もちろん」

「……」



……怖い夢を、見ました。



俺のシャツを握りながらそう言ったなまえは、なんとも他愛のない事を言った。だからついさっき眠れない理由を聞いても笑わないと約束したのに、思わず笑ってしまいそうになる。


「っ、怖い夢……?」

「わ、笑わないって……!」

「すまない、君があまりに可愛いから」

「……」


拗ねたように顔をしかめるなまえは、可愛さを通り越して本当に食べてしまいたいぐらい可愛い。しかしこの状況で邪な気持ちを抱くと色々歯止めが効かなくなりそうなので、今は悪夢に怯える彼女を抱き締めるだけで我慢する。戦いの中に身を置いているとつい忘れてしまいそうになるが、なまえはまだ幼さの残る十七歳だった。悪夢を見て眠れないなんてことは、まだまだ当たり前の年頃だ。


「……いいんだよ、君はそのままで」

「はい?」

「また怖い夢を見て眠れない時は、いつでも俺の所においで」


普段からなまえを甘やかし過ぎだと言われる俺だが、甘やかしたくもなるだろう。本来なら戦争の最前線で戦う筈の無かった一般人のなまえの運命は、十四年前成り行きでガンダムに乗ることにった俺自身の運命と重なる。だから彼女が抱える不安や悲しみも多かれ少なかれ理解できるし、そんな彼女を守ってやりたいとも思う。


「やっぱり、大尉の傍は安心します……」

「それは、嬉しいね」

「……大好き」


ただ一つ、もしもこの運命に感謝することがあるとするならば。それはきっと、なまえにこうして出会えたことだろう。でなければ連邦軍所属の俺と、ごくありふれたコロニー出身の彼女の運命が交差する日は決して来なかっただろうから。ひんやりと冷たいなまえの手を握りながら、俺はそんなことを思った。


「手足が冷えていると、悪夢を見やすいんだぞ」

「えへへ、大尉の手は温かいですね」


互いの息がかかる至近距離で会話をしながら、俺はなまえが眠るまで手を握っていた。やがてうつらうつらと眠そうに瞼を動かすなまえにキスをして、優しく頭を撫でてやる。


「おやすみ、なまえ」


次に見る彼女の夢が悪夢でないことを祈りながら、俺も静かに目を閉じた。どうせ夢を見るならば、君と同じ夢が見たい。




眠れない午前二時

(夢の中で君は、幸せそうに笑っていた)