※映画の重要ネタバレ含みます


「大丈夫?」

甲板に立ち、遠くを眺めるルフィの背中にそう声を掛けた。いつも清々しい程に元気な彼が、珍しく落ち込んでいるのが気になったから、何となく声を掛けた方が良いと思った。すると彼は、肩が落ちる程に深い溜息を吐いた後、すっかり弱気になった顔で、私の方を振り返る。

「悪ぃ、今ちょっとダメかもしんねぇ」

そう言って苦笑するルフィは、本当に珍しく、相当に弱っていた。私は彼と出会ってまだ間もないが、そんな弱々しい言葉を口にする姿は初めて見る。
私は、エレジアにはルフィやロー達より遅れて到着した。
幸いなことに、そのお陰でエレジアでルフィの幼馴染だという少女の能力に影響されることはなかったが、きっとルフィは、あの少女との間に色々あったのだろう。そしてあの事件の後、薄々あの少女の身に何が起こったのかを、ルフィは既に悟っているのだ。だからこそ、普段何があっても飄々としている彼が、珍しく肩を落とすほどに落ち込んでいる。

「だろうね。大丈夫そうじゃないから声掛けたし」
「そっか、ありがとな」
「良いよ。私にも分かるからさ、今のルフィの気持ち」

彼の隣に立って、同じように海の彼方を見る。
落ち込んでいる人間に対して、あまりにも安直な慰めだとは思うが、どちらにせよ今のルフィにはどんなに安い慰めでも必要だと思った。それに、私は今回の件で最も蚊帳の外だ。ルフィがあの歌姫の少女と、それからシャンクスと、一体どんな関係にあるのかを何も知らない。そしてその関係を、これからも知る機会もなければ、知ろうとも思わない。だからこそ、今のルフィを気軽に慰められるのはきっと私くらいだろう。

「なぁ、なまえ」
「ん?」
「ちょっと肩借りるわ」
「良いよ」
「ほんと悪ぃな、助かる」
「ふふふ、気にしなくて良いよー。たまには年上に甘えて良いんだぞぉ」

私の肩に頭を預けるルフィにそう言うと、流石に「子供扱いすんな」と返された。それでも私に大人しく頭を撫でられている辺り、今回は相当参っているらしい。肩に掛かる控え目な重みを心地よく感じながら、しばらくそうしていると、不意にルフィが小さく呟いた。

「おれさ」
「うん」
「夢ん中で、ウタと喋ったんだ」
「ウタって……あの歌姫のこと?」
「あぁ。そんで、あいつと喋ってる間……お前まで居なくなっちまったらどうしようって、急に思ってさ」
「え、私? 何で?」
「何でって、何となくそう思ったんだよ。悪ぃか?」
「いや、悪くはないけど……はは、びっくり。私が居なくなったら、ルフィは悲しいんだ」
「当たり前ぇだろ」

肩に掛かる重さが、更に重くなる。いつの間にか隙間なく寄せられた身体からは、今のルフィの不安が伝わってくるようだった。普段仲間をとても大切に思う彼だが、私一人を主語にしてそんなことを言うのは珍しい。自分より格上の相手にも、決して恐れることのない彼が、私を失うことをこんなにも恐れている。

「心配しなくても大丈夫、私達は何があっても離れないよ」
「……そんなの、口ではいくらでも言えるじゃねーか」
「だって私達、祠の前で永遠を誓い合った仲じゃん」
「祠ぁ? あー……そういや、前にやったっけなぁ、そんなこと」
「あの祠の伝承が本当なら、私達は死んだら魚になって、同じ楽園に行くらしいし。やったね、私達死んでもずっと一緒だよ! うんざりしちゃうね」
「お前あんな話信じてんのかよ」
「何言ってんの。本当かどうか分からないなら、信じた方が得じゃん」
「うーん……そんなもんかぁ?」
「そんなもんだよ」

だから安心しなよ、と。不安がる彼にそう告げる。
祠での誓いとは、初めてルフィと出会った島に伝わる、小さな祠の伝承を、意味もなくルフィと一緒に試した儀式のことだ。あの時は、ただ何となく島の伝承を体験したいが為に、偶然出会したルフィを適当に誘った。しかし、あれ以来本当にルフィから離れられなくなったから、多分あの伝承は本当だったのだろう。ルフィは信じていないようだが、少なくとも私はそう思っている。奇妙な出会いから繋がった私と彼の縁は、今や死ですら別つことはできないのだと。

「だんだん元気出て来た気がする」
「そう? お腹空いて来た?」
「減ってきた!」
「あー良かった。じゃ、私そろそろ自分の船に戻るから。サンジくんにご飯でも作って貰いな」
「えー、まだこっち居ろよ」
「嫌だよ、これから部屋でアイス食べてぐーたらしたいし」
「それならおれの部屋でもいーじゃんか」
「やだっつってんでしょ。私、自分のベッドでゴロゴロしてるのが好きなの」
「良いから、今日はこっちに居ろって」
「え、何なの凄い聞き分けないじゃん……しかも今日ずっとここに居るんかい……別にどっか行くとかじゃなくて、ずっとあんたらに着いて行ってんだから良いでしょ。むしろルフィがこっち来たら良いじゃ……て、ちょ、放してよ!」
「やだ」

ようやく元気を取り戻したルフィから離れ、自分の船に戻ろうとした所を、ルフィに軽々と担がれる。そしてそのまま屋内に連れられ、途中ですれ違ったナミに「相変わらず仲良いわね」と言われた。一応彼女に助けを求めてみたが、普通に無視された。きっと面倒臭いと思われたのだろう。まぁ、私もナミと同じ立場だったら同じことをするので、一概に彼女を責められはしないが。すっかり元に戻った様子のルフィに安心しつつ、何とか抜け出せないか模索してみたが、彼の腕にグルグルに拘束されて、身動きを取れば取るほど、ルフィの拘束が強くなるだけだった。それから彼の部屋に運ばれて、バフンと雑にベッドの上に放り投げられる。

「ねぇ、もう帰してよ」
「やだ、帰さねぇ」
「はー、もうすっかり元通りじゃん……何? これ以上私にどうして欲しいのかな、ルフィくん」
「年上に甘えて良いっつったのお前じゃん」
「それはルフィが珍しく落ち込んでるのが可愛いなーと思って、つい言っただけだよ」
「ふーん。ま、何でも良いけどよ……今日は絶対ぇ帰さねぇし」
「あ、そう……でもさ、ルフィ今お腹空いてるんじゃないの?」
「減ってる。けどお前、おれがどっか行ったら帰るじゃん」
「帰らない帰らない、今日はルフィの所にずっと居るよ」
「本当か?」
「なら一緒に食堂行こうか? アイス食べたいし」
「おお、なら行くか!」
「はぁ……」

ルフィが元気を取り戻してくれたのは良かったが、何故かすっかり甘え坊主と化している。何なんだこのギャップは……。こちらが恥ずかしくなるレベルの甘えぶりに、食堂で顔を合わせたゾロとサンジにもドン引きされた。それでも当のルフィは周囲の視線などお構いなしで、食堂から再びルフィの部屋に戻った後も、とにかく私から離れようとしなかった。

「流石にずっと引っ付くのはやめてよ、私そろそろ寝たいんだけど」
「やだ! このまま寝ろよ」
「何こいつ、ずっと私の言うこと聞かないじゃん……」
「良いだろ別に、おれ達これから死んでも離れねーんだし」
「いや、貴方さっきそれ信じてないって言わなかった?」
「今は信じてる!」
「はぁ~? ほんと意味分からん何こいつ……」

私を失う恐怖からの反動か、それともまだ、ルフィは私がいつか居なくなることが怖いのだろうか。いや、エレジアで合流するまで、しばらく私がルフィから離れていたのも影響していそうだ。確かに私達は、あの島の伝承で無理矢理に縁を結んだ仲ではあるが、決して恋仲ではない。何故ならルフィから告白を受けたこともなければ、私から好きだと言ったこともないから、断じて違う。しかし、最近はそんな境界すら曖昧な関係になってきているし、本人に直接聞いたことはないが、多分ルフィは私のことがめちゃくちゃ好きなのだ。

「ねぇ、ルフィって私のこと好きだったりする?」
「ん? 当たり前じゃねーか、今更そんなこと聞くなよ」
「え、今更でもめっちゃ大事なことなんですけど」
「何言ってんだ、言わなくたって分かるだろ」
「いや流石にそれは横暴過ぎん? 私、これでも好きなら好きって言葉にして欲しいタイプの女の子なんですけど」
「お前だっておれのこと好きだろ?」
「え、ルフィの中では確定なの」
「違うのか?」
「……違わないけどさ」
「だろ?」

私の首に顔を埋めながら、得意そうに笑うルフィの吐息がくすぐったくて、小さく身を捩る。すると私が逃げ出すとでも思ったのか、ルフィが私を抱き締める腕に力を込めた。

「そうか、お前は好きなら好きって言って欲しいのか」
「いやごめん嘘、恥ずかしいからやめて。私慎ましい淑女なの」
「ジュクジョ? よく分かんねーけど、好きだぜ」
「……」
「お前が好きだ」
「もう本当に嫌……」
「はは、照れてやんの」

ルフィに翻弄され過ぎて、調子を崩される自分が嫌になる。しかし、ルフィは私の反応を面白がって、更に好きだと囁き続けた。それからしばらくそんなバカなカップルみたいなやり取りを繰り返して、気が付けば二人ともいつの間にか寝落ちていた。
するとその夢の中でも私はルフィと一緒で、私は二度と島に伝わる伝承とやらを悪戯に試すのはやめようと思った。


2022.08.12