※Not監督生、特殊設定 アズールは私のことが好きだ。 そして私も、アズールのことが好きだ。 でも、それなのに私は、初恋の人に似た彼のことも好きで、つまりは同時に別の誰かを好きになってしまったのだ。今までこんな風に不誠実な恋愛をしたことはなかった。だからこそ、自分はこんなにも節操なしだったろうかと嫌気が差す反面、同時に成立することが許されない感情だったとしても、アズールに対する想いは間違いなく「愛」であるから、それを簡単に否定もできなかった。 「お前はアーシェングロットの方が好きなように見えたが」 「……本当に?」 「あぁ。少なくとも僕の目にはそう見える」 「どうなのかな……最近はあんまり考えないようにしてるの。考え過ぎると、分かんなくなるから」 「ふふ、存外お前も素直ではないな。考えないようにしているのは、自分の中では既に結論が出ているからだろう?」 「……」 「お前は不誠実でも何でもない。アーシェングロットを好きだという気持ちを、ただ単に認めたくないだけだ」 私の話に耳を傾け、先程から得意気に語っているのはかのディアソムニアの寮長、マレウス・ドラコニア様だ。私は元々この世界の人間でも無ければ、マレウスと同様訳あって人ならざる者である為に、何故か彼とは妙に馬が合った。だからこそ、こんな風に時たま恋愛相談なんかもするのだが、マレウスは世間知らずのようで案外的を得た事を言う。なんて、そんなことを言ったらお付きの口煩いセベクくんは大激怒するだろうが。 「私、アズールのことが好きなんだね」 「そうだ」 「はぁ……でも、どうしよう。改めて認めちゃうと、私今さらアズールの顔をまともに見れないな……」 「ほお?」 「ここだけの話だと思って聞いて欲しいんだけど……私、この間アズールと海の中でエッチしちゃって……」 「……僕の想像の遥か上をいく話だな」 「だから、今更好きだって自覚したらまともにアズールの顔なんて見れないの」 「そこまでの関係でありながら、僕に言われるまで自覚できないとはな。いや、しないようにしていたのか」 「そうね……あー、今日これからアズールと会う約束してるのに」 「それはそれは……開口一番に愛しているとでも言ってやるがいい」 とても面白いものが見れそうだ、と。 そう言ってマレウスが、私を揶揄うように笑った。 * * * 「……今、何とおっしゃいました?」 「えっと……」 「いいえ、言わなくて結構。僕の聞き間違いでなければ、僕を好きだと言いましたか?」 「……うん」 「はは、ご冗談を。僕を揶揄っているんですか?」 「違うよ」 「いいんですよ、分かっています。大方、フロイドかジェイドが絡んでいるんでしょう」 「そうじゃないよ、アズール。私は本当にーー」 「やめてください。貴方が僕を好きになることなど、絶対にあり得ないでしょう」 アズールはそう言うと、この話は終わりだと言わんばかりに大袈裟な溜息を吐いた。そして何事もなかったかのように、いつも通りの笑顔で「今日はどんな御用ですか」と言った。 アズールの反応は、一定理解できる。 今まで散々自分ではない別の誰かを好きだと言っていた相手が、突然自分を好きだと言ったのだ。だからこそ、その言葉を信じ切れずに否定する。ある種の自己防衛的なその対応に、私は自分が傷付くよりも先に、アズールに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。私からの好きを喜ぶよりも先に、「そんなことはあり得ない」と否定する気持ちが先行してしまう程に、アズールはこれまで何度も「もしも」を想像しては諦めてきたのだろう。 「……ねぇ、アズール」 「何でしょう」 「ごめんね、今まで」 「は……? 何故貴方が謝るんですか」 「貴方の気持ちに甘えて、今まで散々好き勝手してきたから」 「……何の話ですか。誤解されては困りますね。僕が貴方にしてきたことは、単に貴方に貸しを作っておいた方が後々ーー」 アズールの言葉を遮るように、私は彼にキスをした。すると驚いたアズールは咄嗟に体勢を維持できず、そのまま背中から床に倒れる。それから私を引き離そうと私の肩を押し返してくるが、途中から諦めたらしく、されるがままに私からのキスを受け入れていた。 「ッ、あなたという人は……! ここまでするなんて、いくら何でもやり過ぎですよ!」 「はぁ……そんなに私、信用されてないんだね。分かった、アズールが信じてくれるまで私、ここでこの間の海の続きしちゃうよ?」 「やめろ! ここはモストロ・ラウンジだぞ!」 私とアズールしかいないラウンジで、そう叫んだアズールが今度は自分に覆い被さる私を床に押し付けた。そう言えば、アズールは運動能力自体著しく低いものの、腕力だけは異様に強いとジェイドが言っていたのを思い出した。先ほどは私に押し倒されていたが、ちょっと本気を出せば私くらい簡単に押し退けられただろうに、それをしない辺り彼の私に対する甘さを感じられて、何だか少し嬉しかった。 「落ち着いてください!」 「アズールの方が落ち着いてよ……」 「僕は冷静です! いや、この状況で冷静でいられる訳がないでしょう! 何ですか、貴方は僕をどうしたいんですか!」 「どうって、アズールのことが好きだから付き合って欲しいの」 「は……」 「アズールも私が好きでしょう?」 「……」 「それとも、何か対価がないと駄目?」 じゃあ何でもあげる、と。 私を凝視して固まるアズールの頬に触れながら、そう呟く。すると、ようやく事態を飲み込み始めたらしいアズールの頬が、みるみると赤く紅潮し始めた。アズールには申し訳ないが、タコの人魚であるアズールが、文字通りタコのように真っ赤になっていく様は、なんだかとても可愛い。そんな彼を見て笑っていると、不意にアズールが私の方へと顔を寄せる。 「……何でも、と言いましたね」 「うん」 「……」 「何か欲しい?」 「……さい」 「え?」 「貴方の全部を……僕にください」 アズールはそう言うと、赤くなった顔を隠すように私の首に顔を埋めてしまった。私はそんな彼の背中に両腕を回して、そっと抱き締める。ジェイド達の言う通り、アズールは腕力が強い分案外細身に見えて筋肉質で逞しい。それなのに今、彼は己の羞恥と戦い私に抱かれながら可哀想な程に震えている。だからこそ、そんな彼を抱き締めながら、彼の耳元で優しく囁いた。 「いいよ、全部あげる」 2022.07.24 |