※別の短編と同じ夢主

『私達がいなくなった後の貴方を思うと、ずっと胸が痛いわ』

そう言ったのは、私の産みの母親だった。
見た目は人と同じなのに、世界の"根源"と呼ばれる場所から生まれた私は、生まれたその瞬間から彼らと同じ人間とは言い難い存在だった。それでも両親は私に優しかったし、私が産まれて来てしまったことを少しも嘆いたりはしなかった。けれどただ一つ、一つだけ彼らがずっと気に掛けていたことと言えば、やはり自分達がいなくなった後のことだ。
私がどのくらい生き続けるのかが分からない以上、ずっと傍には居られない。いずれ私を一人にしてしまうことに、彼らはずっと胸を痛めていた。

『いつか、貴方を可愛がって、うんと優しくしてくれて、幸福にしてくれる心の強い人と、新しい家族を作ってね』

それが母の、いつもの変わらぬ口癖だった。
それは自分達がいなくなった後も、私が一人で寂しくないようにという、彼らの切実な願いを表した言葉だったように思う。けれども両親の願いを、あの世界において私が叶えることはできなかった。優しい私の家族以外に、私を理解し愛してくれる人は現れなかったのだ。初めこそ私を受け入れようと努力ができても、結局は根本的な生物の違いに辟易とし、諦め、そして去って行く。

『君が恐ろしいんだ』
『貴方が怖い』
『どうしたって違うんだよ』

『だから、君と一緒にはいられない』

そうして離れて行った人達が、何度私を傷付けたことか。私と貴方達は何もかもが違う。そんなことは……そんなことは、私が一番よく知っている。よく分かっている。
好きでこんな風に生まれた訳じゃない。
私だって、貴方達と同じでありたかった。
貴方達と同じように、脆くて弱い人間でありたかったのに。
だけどそんな風に生きることのできない私を、それでも良いと、それでも愛おしいと抱き締めてくれる誰かがいるならば、私はもう、その人の為に死んでも構わないとすら思っていた。
それなのに私はずっと一人で、孤独で、何処にも居場所を待てないままだった。
ずっと胸が、痛いままだった。

例えば、此処が。
光さえも届かない、深い地の底だったなら。
この痛みも、孤独も、愛も、何もかもを知らずにいられたのに。
どうして私は、私はーーこんな所にいるのだろう。




「なまえ、なまえ」
「……!」
「魘されていましたよ。悪い夢でも見ましたか」

優しく身体を揺らす誰かに意識を引かれて、目を覚ます。無機質な部屋のベッドで眠っていた私を起こしたのは、今日は夜通し実験があると言っていた筈のボンドルドだった。どうしてここに居るの、と。まだ微睡みの中にある意識でそう尋ねれば、彼は相変わらずの優しい声色で「貴方が呼んでいる気がしたので」と答えた。

「……嘘だよ」
「本当ですとも。来て正解でしたね」
「私の顔が見たかっただけでしょ」
「おやおや、バレていましたか」
「……」
「貴方が涙を流すほど、辛い夢とはどんなものでしたか」

私を腕に抱いた彼に身を寄せれば、優しく私の頬を撫でる彼がそう尋ねてきた。しかし、どう答えていいのかが分からずに私が黙っていると、またハラハラと涙が溢れ始める。私がこの世界に来てから、もう随分と時間が経つのに、私は未だに元の世界に戻ることが怖くて堪らないのだろう。だからこそこうして、悪夢の中で元の世界を見るのだ。ぼろぼろと流れて行く涙が、私の膝の上で水溜りになっていく。すると黙って泣き続けている私の涙を、ボンドルドの指先が拭った。

「泣いている貴方も可愛いですね」
「……泣くなって言わないの」
「今の貴方をもっと見ていたいので、そんなことは言えません。それとも、そう言って欲しいのですか?」
「ううん」
「そうですか。泣いている貴方も笑っている貴方も、私には全てが愛おしくて堪りません。私しか知らない貴方の姿を、もっともっと見せてください」

ボンドルドはそう言って、涙でぐちゃぐちゃになった私にそっとマスク越しのキスをする。こんな風に彼が私を愛してくれることが嬉しくて、また泣いてしまった。

「ねぇ、ボンドルド」
「何でしょう」
「私達、永遠に一緒よね」
「ええ、もちろん。ずっと一緒ですよ。例え貴方が嫌だと言っても、放したりなんかしません」
「私不滅だけど」
「私も不滅です。多少限りはありますが」
「私、人間じゃないけど」
「私もそうですよ」

私達は似た者同士ですね、と。私の頭を撫でる彼がそう言った。言われてみれば、確かにそうだ。けれど今思えば、15年前に初めて出会った当時、まだボンドルドが人間だった頃から、彼が私に対する態度を変えたことは一度もない。最初から私を人として認識はしていなかったけれど、無理に理解を示そうとしたり、同情したりもしなかった。ただあるがままの私を、彼は可愛い、愛おしいと言うだけで、それが私にとってどれ程の救いになったことか。

「……元の世界にいた頃、私に運命の人なんていないと思ってたけど」
「おやおや……」
「そりゃ、いない筈だよね。だってこんな所にいたんだから」
「ええ、そうです。貴方が過去に誰と出会っていようと、貴方に相応しい人間は私以外にあり得ません」
「ふふ、そうね。本当にそう」
「だから何も心配いりませんよ。貴方の傍には私がいます」
「うん……大好き、本当に」
「私も貴方が大好きです」

優しいながらも、どこか機械的で無機質な口調でそう語る彼に、少し笑ってしまった。私はボンドルドにしがみつくように抱き着いて、そっと目を閉じる。実験途中で切り上げて来たという彼の身体からは、色んな薬品の匂いが混じり合う独特の香りがした。けれどその香りに心が安らぐようになったのは、一体いつからだったか。私はしばらく彼と抱き合った後、ゆっくりと離れて彼の顔を見る。

「落ち着いたようですね」
「うん……」
「では、私はそろそろ戻ります。眠れない時はいつでも呼んでくださいね。すぐに来ますから」
「……」
「どうしました? そんな風な顔をして」
「……ねぇ、えっちしたい」
「……今ですか?」
「今がいい」
「おやおや……」

子供みたいに我儘を言う私に、彼は困ったように笑った。そして私の頭を優しく撫でた後、それからそっと私の頬に触れる。彼が拒否しないことなど分かっている私は、彼の掌に擦り寄って、ダメ押しとばかりにその掌に短くキスを繰り返した。すると短く溜息を吐いた彼が、本当に心底申し訳無さそうな声色で口を開いた。

「すみません。今すぐ可愛い貴方を抱いてあげたいのですが、この身体はそれ専用のボディではないのですよ。身体を替えてくるまで、少し待てますか?」
「専用ボディって何なの……今の身体のままでいいじゃん」
「そういう訳にもいきません。すぐに戻りますから、待っていてくださいね」

ボンドルドはそう言ってベッドを離れると、部屋を出て行ってしまった。私は一人になった部屋で、ボディを替えてくるらしい彼のことを待つ。彼が定期的に自身のボディを入れ替えしているのは知っていたが、まさかセックス専用のボディまであるとは知らなかった。彼らしいと言えばらしいのだが、やはり男性独自の拘りのようなものがあるのだろう。私は広いベッドに仰向けで寝転がりながら、無機質な天井に向かって大きく欠伸をした。


2021.10.11