バナージと付き合うことになった。
まぁ、そうは言っても余り付き合っている実感が私にはないけれど、むしろその方がいいんだと思うようにした。バナージのことは、正直長年片想いをしていた相手のことを忘れてしまうくらい好きだ。でも、やはり社会的な体裁やら様々な弊害を考えると、あまり本気になりたくないとも思う。バナージの気持ちが離れた時、結局深く傷付くことになるのは私の方なんだから。

「何か考えごとですか?」
「え? あ、いや……何でもないよ」
「本当ですか? また不安そうな顔をしてましたよ」
「はは、そんなことないよ」

今日は、バナージと二人で港近くのカフェに来ていた。あれから、私達の艦は極東支部の部隊との合流が命じられ、しばらくは停泊するこの港町での待機が決まった。その間特にすることもない乗組員達は、各々久しぶりの長期休暇を満喫しており、私達も彼らのように時折艦を降りては、こんな風に近場でデートをしている。

「地球って、良い所ですよね」
「そう? ここが特別平和なだけだと思うよ」
「確かにそうかも……でも、それでも貴方と過ごす場所が、この町で良かったと思います」
「ふふ、そんなにここが気に入ったんだね」
「はい。だって、何を見ても綺麗だと思えるから……不思議ですよね。なまえさんと一緒にいるからかも」
「ま、またそんな……」

穏やかな眼差しで、海の彼方を眺めるバナージ。その横顔には未来への途方も無い輝きが宿っていて、今の私にはとても眩しかった。
いつしか私から失われたその輝きを、バナージは一生手放すことはないのだろう。そう思ったら何だか、余計に今の自分が彼と不釣り合いな存在に思えてしまって、思わず目を細める。そしてそんな風に思いながら彼を見つめていたら、不意にこちらを向いたバナージと視線が絡み合う。するとバナージは、照れ臭そうにはにかみながら「これから何処に行きましょうか」と言った。

「そうだね、行きたい場所は行き尽くしちゃったし……適当にブラブラして帰ろうか」
「そうですね」
「じゃ、行こうか」

軽めの食事を済ませ、カフェを出た私達は特に目的もなく街へと散策に向かった。石畳の街道に立ち並ぶ路面店に立ち寄りながら、途中人混みに流されかけた私の手をバナージが掴み取る。それから自然と手を繋いで、活気の絶えない街並みを眺めて歩いた。
すると不意に、バナージがとある店舗の前で立ち止まり、私も自然と彼に合わせて足を止める。

「どうしたの?」
「いえ、ちょっと気になる物があって」
「どれ?」
「これです」

バナージが指差したのは、店舗の前の商品棚に並んだブレスレットだった。太さの異なる同じデザインの物がペアで飾られたそれらは、いわゆるカップル向けの物だろう。学生時代、友人が彼氏とペアでこういう物をよく身に着けていたのを思い出した。かくいう私も、かつて片想いを長年続けながら、いつか恋人同士でペア商品を持ってみたいと思っていたものだ。

「欲しいの?」
「なまえさんが嫌じゃないなら……こんな風に、細やかでも恋人の証になる物が欲しいと思って」
「……そっか。別にいいよ、どれか買って帰ろうか」
「え、本当ですか?」
「ふふ、実は私もこういうの憧れてたんだよね。もう良い年だから、あんまり浮かれたことはできないなって思ってたけど」
「そんな、年齢なんて関係ないじゃないですか。俺はいくつになっても、なまえさんとこんな風にペアの物が欲しいですよ」
「……そっか」

そう言って、小さな石が一つ埋め込まれたシンプルなブレスレットを手にするバナージ。いくつになっても、なんて。この先の未来がいつまでも続いているかのように語るバナージは、やはり若いが故に怖いもの知らずだ。その一方で私はもう、何かを失うことが怖くて堪らないし、だからこそ多くを望むことを諦めてしまった。
正直今だって、本当はバナージと一緒にいることが、私はとても怖い。
あるかも分からない未来よりも今を大切にしたいとバナージは言うけれど、今が大切過ぎるからこそ、未来が怖くなることもある。

「それシンプルで良いね、仕事中も着けられそう。アムロ大尉から文句も言われなさそうだし」

ほら、この瞬間だって。

「え、そうなんですか? あの人、結構うるさいんですね」

バナージへの想いが強くなっていくことが、私はとても怖い。

「そうなんだよ、割と細かいしね」

いつかこの関係が、想いが、過去になる日がとても怖い。

「……なまえさん?」
「な、何?」
「どうしてそんなに……悲しそうな顔をするんですか」
「!」

だけど、それでも、私は。

「ううん、何でもないよ。ただ私……バナージのこと、自分でもびっくりするくらい好きなんだなぁと思っただけ」
「!」

この日々が永遠に続いて欲しいと、願わずにはいられない。明日が当たり前にやって来るように、バナージと共に過ごす日々が、この先何十年と続いて、年の差なんて気にも止めなくなるくらいに歳を重ねた後、いつか「こんなこともあったね」なんてこの日を懐かしむ。それがこそが今の、多くを望むことを諦めた、私のたった一つの望みだった。

「……そういう不意打ちが、一番狡いんですって」
「え? どういうこと?」
「何でもないです。そろそろ帰りましょう」
「え、何? というか、ブレスレットはどうするの?」
「もういいんです」
「ほ、欲しいんじゃなかったの?」
「俺が欲しかったのは……いえ、本当にもういいんです。その代わりーー」
「?」
「帰ったらたくさんキスしてください」

私の手を引いて、足早に艦へと戻るバナージ。ブレスレットの代わりがキスなら、いっそブレスレットを買う方がありがたいのだが、バナージは何やら「これだから心配で目が離せないんですよ……!」とぶつくさ独り言を言って聞く耳を持ってくれない。私はそんな彼の背に短く溜息を吐いて、繋がれた彼の手をそっと強く握り返した。


2021.07.14