※色んなシリーズと混合している設定です

「ニュータイプに覚醒したからって、何でも分かる訳じゃないんですよね」

そんな風にポツリと呟いたバナージに、突然何を言うんだろうかと思わず顔を上げた。すると頬杖をついて私を見ていたバナージと目が合って、気まずくなった私は慌てて視線を逸らす。昼時を過ぎた食堂にはほとんど人はなく、厨房で片付けをする職員以外にはコーヒーを片手に休憩中の船員と、私達以外には誰もいない。
私はというと、艦長達に任された事務処理が立て込んでしまい、いつも一緒にお昼を食べているメンバーとはお昼休みもズレて一人寂しくボッチ飯中だった。いや、実は一人で食事をする方がゆっくりできて好きなのだが、何故かふらりと私の目の前にやってきたバナージのせいで、何となく居心地が悪い。
だって私達、普段からこんな風に面と向かって話すような関係じゃないから。

「なまえさんはどう思います?」
「わ、私? 私はニュータイプでも何でもないし……そもそも人の感情とか、分からないのが普通だから」
「そうですよね……すみません、変なこと聞いて」
「ううん、むしろ何も役に立たなくてごめんね……何か悩んでるの?」
「いえ、その……まぁ、ハイ。少しだけ、悩んでます」
「そっか」

ニュータイプでも悩むことがあるのね、と。言いかけた言葉を、口にした食べ物と一緒に流し込む。普段から上司のアムロ大尉やニュータイプに覚醒している他の隊員を見ていれば、そんな思考は愚問でしかない。むしろ人よりも感性が鋭いせいで、彼らは「何でそんなことで」と思うような事柄によく頭を悩ませている気がする。だからもしかしたら、バナージもそうなのかも知れない。普段あまり関わりを持つことのない彼だが、だからこそ、誰かに聞いて欲しい悩みがあるのかもしれないと思った。

「私じゃあまり役に立たないと思うけど、話聞こうか?」
「え、いいんですか?」
「いいよ。この後も仕事があるから、昼休みの時間だけになるけど……」
「十分です!」

勢いよくそう答えたバナージに少し動揺しつつ、食後のコーヒーを口にしながら彼の悩みに耳を傾ける。
バナージの悩みは、いわゆる恋の悩みだった。
最近とても気になる人がいて、気付けば何処にいてもその人を目で追ってしまう。けれどなかなか接点を持つどころか、話す機会すら持てない。せめてその人が自分をどう想っているのかが分かれば少しは積極的になれるのに、それができずに躊躇している。
そこまで聞いて私は、あぁなるほど、と心の中で合点がいった。だからこそ「ニュータイプでも何でも分かる訳じゃない」と彼は唐突にぼやいたらしい。つまりバナージは、気になる人と何とかお近付きになくて悩んでいるようだ。もっと深刻な悩みなのかと身構えていた私は、年相応とも言える彼の悩みに何だか拍子抜けてしまった。まぁ、深刻な悩みをあまり親しくもない私相手にするはずもないが。

「ふふ、バナージくんもそんなことで悩むんだね」
「か、からかわないでくださいよ。俺は本気で悩んでるんです! それに、その……バナージくんってのも、やめて欲しいです」
「どうして?」
「貴方に子供扱いされてるみたいで、嫌です」

口を尖らせながら不服そうな顔をするバナージに、また思わず笑いが溢れる。私はあまり彼のことをよく知らないが、それでもバナージのこんな表情はとても新鮮だった。正直、20歳をとうに超えている私からすれば、バナージはまだまだ子供だ。けれどせめて彼と関わっている今だけは、子供と侮って彼に接するのはやめておこう。
そんな風に思いながら、私は改めて恋に悩む彼に何とアドバイスをしたものかと考えた。私自身豊富な恋愛経験がある訳でもないが、私がバナージくらいの年頃には、好きな人にはどう接していただろうか。

「うーん、やっぱりどう思われてても自分から積極的に関わっていくしかないんじゃない?」
「そんな簡単なことじゃないから悩んでいるんですよ……」
「そうだけど、遠くで見てるだけじゃ何始まらないし、その内誰かに取られるかもよ?」
「それは嫌です!」
「そうでしょ? あの時ああしてたら、こうしてたらって後で後悔するより、恥は掻き捨てて自分からアピールしないとさ」
「なるほど……確かに、そうですよね」
「バナージく……バナージは容姿も恵まれてると思うし、優しいし、いっそ相手に自分のことどう思っているのか聞いちゃえば? そしたら、相手もバナージくんのことを意識するようになるかもね」
「そんなものですかね」
「そんなものだよ、恋愛なんて」

そう年上ぶって言い切る自分が、ちょっと笑えた。こんなことを年下の男の子に語り聞かせている姿を、アムロ大尉や同僚に見られたらどう思われるだろうか。きっと笑われるんだろうな、と内心ほくそ笑んだ私は、ふと壁に掛けられた時計を見やる。そろそろ昼休みも切り上げて、業務に戻らないと。そう思って立ち上がろうとした矢先に、黙ったまま俯いていたバナージが不意に顔を上げた。

「それじゃ、あの、なまえさん……」
「な、何?」
「貴方は俺のこと……正直どう思ってますか?」

「……え?」
「えっと、つまり男として、俺のことをどう思いますか……」

尻すぼみになりながらそう言ったバナージが、みるみる赤くなっていく。そして私は、透明感のある彼の白い肌が赤く紅潮していく様を見つめながら、若いって良いなぁ、肌が綺麗で、なんてどうでも良いことを考えた。けれどバナージに真剣な眼差しで見つめられて、そんな現実逃避も意味を成さない。
直接聞いたら良い、なんて言ったが、バナージの気になる人というのは、つまり私のこと、だったのか。

「……良いんじゃない?」

迫る業務時間に焦りつつ、何とかバナージを傷付けずに済む言葉を選んだ結果、なんか最悪な返しをした気がする。


2021.06.13