(2011.09.19)
柔らかくも何とも無い無骨な背中に負われながら、私は目の前で揺れる赤毛をじっと見つめた。すると不意に、意識しないように気を遣っていたはずの右足首が、またじんじんと痛みだした。


「ほんと、いつもこんなんじゃないんだよ。いつもはもっと上手くやれたんだよ」

「そうかよ」

「何、疑ってる? 言っておくけどあれだかんね? 今日はたまたまあんたに助けられたけど、本当は一人でも大丈夫だったんだかんね? 逃げ切れたんだかんね?」

「へいへい、そうかいそうかい。それは悪うございやした」


足を挫いて歩けない私を背負う善丸は、はんば呆れたようにそう言い返してきた。事の発端は、かれこれ数時間前にまで遡る。

大亀流道場から城下町までお使いに出ていた私は、その時たまたま鬼の巣の剣客数名に絡まれてしまった。まぁ、城下町で武芸者に絡まれるのは日常茶飯事なので慣れっこなのだが、相手の男達も中々しつこく、逃げる私を遊び感覚で追いかけ回した。それからついに足を挫いた私は、当然彼らから逃げられなくなる。そこで、私を心配して迎えに来た善丸に運良く助けられたのだった。


「あぁ嫌だ嫌だ」

「何が」
「守られるのが」

「……それはよ、俺に守られるのが嫌だって事か?」


どこか不機嫌そうに、善丸がそう言った。私は特に返事もせず、黙ったまま善丸の肩に額を載せる。守られるのが嫌だというのは、少し語弊があったかもしれない。本当に私が嫌なのは、誰かに守られなきゃ生きていけない弱い自分なのだから。


「嫌じゃない、善丸に守られるのは。むしろ、善丸だから好き」

「じゃあ何なんだよ」

「私は弱い女の子だけど、守られてばかりは嫌ってこと」

「はぁ?よく分かんねー奴だなお前も」


やれやれと呆れたようにため息をつかれ、私は少しだけ善丸に話した事を後悔した。分かってはいたけれど、やっぱり男である善丸に私の気持なんてまったく理解できないのだ。何だか悔しい。伊織さんも真さんも我間も善丸も皆、ずるい。男に生まれたというだけで、彼らは私よりずっとずっと強い存在であれるのだから。


「……あのよ、なまえ」

「?」


そんな風に考えていると、くだらない思考とはいえ悔しさからじわりと目尻に涙が溜まった。それが溢れてぽろぽろと零れ落ちそうになったその時、控えめにかけられた善丸の声。泣いているなんて悟られたくない私は、慌ててごしごしと着物の袖で涙を拭い、「何よ」と少し素っ気なく善丸に問い返した。


「俺な、どうやらお前のことが好きなんだわ」

「……は?」

「だから、お前が何んと言おうと、俺はお前を守るんだ」

「……何それ」


知らなかったよ、そんなの。私がそう呟くと、善丸は「だって言ってねーもん」とまるで何でもないという風に答えた。その声は、いつもとたいして変わらない声色なのに、今私の目の前にある善丸の耳は、彼の髪と同じくらい真っ赤に染まっていた。


「好きな女くらい、男に守らせろ。でないと、男って生き物が存在する意味がねえだろうが」

「……考えとく」

「おう。できれば前向きにな」


弱い自分は嫌いだ。
この考えは多分、これから先ずっと変わる事はないだろう。
けれど善丸がそう言うのならば、弱いというのも案外悪くはないのかもしれない。

守られたくない癖に、善丸には守られてもいいだなんて、あまりに矛盾し過ぎた話だとは思うけれど。



「……ねえ、今度は一緒にお使い行こう」
「面倒くせぇ」
「だって、守ってくれるんだよね?」
「さっさと帰んぞ」