カメラを購入した。日本製のロゴが眩しい、黒いデジタルカメラ。別段写真の趣味があるわけでも無いのだが、何と無く持ち金で買えたので買ってしまった。いわゆる衝動買いだ。そのカメラを片手に色んな写真を撮ろうと思った私は、早速安アパートを出て街へと出掛けた。花、雲、街中で働く人達。色んな物を被写体にしながら歩いていると、一際目立つ人を見つけた。

「ミロさーん!」
「ん? あぁ、なまえ! どうした、学校サボりか?」
「違いますよ。今日は授業が休講で早く終わったので、写真を撮って回ってました」
「写真? お前にそんな趣味があったのか?」
「わ、私にだって趣味くらいありますから……!」
「……また例の衝動買いか」

ミロさんが呆れたようにため息をついて、私が持つカメラをひょいと奪い取った。私が返してください、と手を伸ばすと、ミロさんは手慣れた手つきでタッチパネルを操作していた。何をしているんだろうと背の高いミロさんを見上げていたら、不意に彼がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。そして強引に私の肩を引いて、背の低い私に合わせるように肩を組んだ。

「はい、ちーずっと」
「え」

ミロさんがそう言ったのと同時にカシャリ、とデジタルのシャッター音が鳴る。そして満足そうに笑ったミロさんが私にカメラを返し、自分よりも低い位置にある私の頭を撫でた。何だか子供扱いされているような気分なのだが、「良い写真が撮れたな!」と笑うミロさんを見ていたら、文句を言う気にもなれなかった。

「やっぱり、写真は誰かと一緒に撮ってこそだな」
「……まぁ、そうですね」
「何だよ、俺の写真じゃ不満かよ」
「いや、そうじゃないですけども……」
「ふーん、じゃ、今から聖域に行ってあいつと一緒に撮ってもらえよ」

そう言ってまた意地悪く笑うミロさん。あいつと言われ、私の頭に浮かんだのはいつもポーカーフェイスを崩さないあの人の顔だ。ミロさんは気安く一緒に撮れなんて言うけれど、あの人がそういう事に付き合ってくれるとも思えない。私は困ったようにため息を吐いて、これから用事があるというミロさんとその場で別れた。







「着いた、宝瓶宮……」

長い長い十二宮の階段を登り切り、そこで一息をつく。宝瓶宮に辿り着くまでに、このカメラの本体容量も大分少なくなっていた。白羊宮ではムウさんと貴鬼くんと一緒に写真を撮って、金牛宮では宮の庭とアルデバランさんを。そして次の双児宮ではカノンさんとサガさんの両方と一緒に写真を撮って、巨蟹宮では何故かデスマスクさんだけを被写体に沢山写真を撮らされた。一応、一緒にも撮ったけれど。獅子宮では恥ずかしがるアイオリアさんとちょうど獅子宮まで降りて来ていたアイオロスさんと一緒に撮って貰って、それから処女宮では意外にもノリノリだったシャカさんと写真を撮った。残念ながら天秤宮の老師は不在だったけれども、磨羯宮のシュラさんとは一緒に写真を撮る事ができた。途中、これから出掛けるというアフロディーテさんにも会う事ができたので、お洒落な彼とも快くツーショットを撮って貰えた。一気に沢山の思い出の詰まったカメラを握り、私は宝瓶宮の中へと入る。

「カミュさーん?」

冷んやりと何処か肌寒い宝瓶宮の中を覗きながら、カミュさんの姿を探す。いつもならば呼べば顔を見せてくれる彼なのに、今日に限ってどうしたのだろう。私は一通り宝瓶宮の中を探し回った後、もしやと思い宮の庭へと走り出た。

「あ……」

するとやはり、フランス人の彼らしく手入れの行き届いた宝瓶宮の庭の片隅に、彼が一人で佇んでいた。どうやら私に気付いている様子は無く、静かに瞳を伏せている。執務用の法衣では無く水瓶座の黄金聖衣を纏った彼は、風に長い髪を任せて物思いに耽っているようだった。何故か涙が出そうになるくらい儚く、思わず見惚れてしまうその光景。私は静かに息を吐いた。あぁ、やっぱり綺麗な人。流氷が海水に削られ美しく洗練されるように、彼もまた、戦士として研ぎ澄まされた美しさを持つのだ。そしてその美しさは時に、一般人である私と聖闘士である彼の間に計り知れないほどの大きな壁を感じさせるのだった。私はそんなカミュさんの姿をカメラに納めようと、無意識の内にカメラを構えていた。

「!」

カシャリ、とカメラのシャッター音と同時にカミュさんが目を開き、彼はようやく私の存在に気付く。そしてカメラを手にする私を見た彼は、次にとても驚いた表情を浮かべた。

「なまえ、どうしたんだ」
「……すみません、許可なく写真なんか撮って」
「それはいい。私が聞きたいのは、どうしてお前が泣いているのかという事だ」
「え……」

マントをなびかせながら私に歩み寄って来た彼が、私の頬に触れて、いつの間にか流れていた涙を拭う。そして再度どうして泣いているんだ、とカミュさんが私に尋ねてきた。けれど泣いていた理由すら私にもよく分かっていないのに、それを答える事などできるはずがない。私が何も答えずに黙って俯いていると、不意にカミュさんの手が私のカメラに伸びた。

「私一人を撮っても、面白くなど無いだろう」
「……いいえ、そんな事は」
「そうだろうか。しかし私は、やはり君と一緒に残す思い出が欲しいと思う」

そう言って、珍しく微笑みを浮かべるカミュさん。私の手からそっとカメラを取ると、他の聖闘士同様に背の低い私に合わせるように腰を折る。私とカミュさんの丁度目の前にあるカメラのレンズに二人の姿が映って、また泣きそうになった。あぁ、分かったよカミュさん。私多分ね、貴方が私からとても遠い人なような気がしてしまったんだよ。だから寂しくて、つい泣いてしまった。でも、そうじゃなかったね。

「笑ってくれ、なまえ」



ふと思う事がありました


「あぁ、やはり。写真とは誰かと一緒に写ってこそだな」
「それ、ミロさんも同じ事を言ってました」
「そうか……ところで、ここへ来るまでにデスマスク達とも写真を撮ったんだな」
「えぇ、撮りましたけ……ちょ、何やってるんですか消さないでくださいよ!」



2013.07.10