※聖戦後全員復活してる設定&教皇はサガ 親愛なる教皇様へ 謹啓 花の盛りもいつしか過ぎて、行く春を惜しむ季節となりました。その後、お元気でいらっしゃいますか。 あれから私は日本に帰りまして、以前と変わらぬ毎日を過ごしています。聖戦やら冥王ハーデスやらと聞き及ばない言葉に溢れたあの日々に比べれば、今の生活は幾分か平和なような気がします。 話は変わりまして、つい先日の事になりますが、あのラダマンティスさんに顔を合わせる機会がありました。 偶然といえば偶然の出来事だったのですが、やはり彼には聖戦の時の猛々しい印象が強く、緊張のあまり何を会話したのかよく覚えていません。ただ最後にまた何処かで会いましょうとだけ挨拶を交わして、お別れした事だけは覚えています。 不思議ですね。 到底分かり合う事など不可能だと思い込んでいた人と、今はまた会いたいた思えるのですから。 サガさんは、どうでしょう。 あの頃から何かが変わったと感じる瞬間はありますか? きっとたくさんありますよね。 花冷えの今日この頃、お風邪などを召しませんようにお気を付けてください。 敬白 みょうじ なまえより 「……」 「どうした、サガ」 「カノン、久しぶりになまえから手紙が届いた」 「ほぉ」 教皇の執務室に毎日のように送られてくる数多の封筒の中に紛れ込んでいた、薄桃色の手紙。その手紙をどの書類よりも早く目を通していると、任務の報告書を投げて寄越したカノンが物珍しそうにそう問い掛けてきた。私は読み終えたそれをカノンに手渡しながら、短い文章ながら彼女らしい感性の溢れたその手紙に彼女の事を想った。アテナの為に戦う戦士でこそ無かったが、優しく、星矢や瞬達にもよく慕われていた彼女は、ある日突然聖戦に巻き込まれる事となった。そして聖戦が終わりを告げ、聖域の復興が完了する頃、彼女は星矢達に見送られながら日本へと帰って行った。 「……なるほど、元気そうで何よりだ」 「乱暴にするなカノン。破れでもしたらどうする」 「そんなに大事か」 「あぁ、大事だ」 カノンがまた投げ返してきた手紙を丁寧に封筒へ戻し、それ専用に区分けされた引き出しのスペースへと仕舞った。その様子を黙って見ていたカノンは、私に向かって呆れたようにため息を吐く。 「結婚してしまえば良かったものを」 「馬鹿を言え、なまえはまだ子供だ。歳が離れ過ぎている」 「世間では五十も離れた相手と結婚する奴らだっているだろう。それに比べたら、たかだか十年の差など可愛いものだ」 「……正確には十二年ほど離れているのだがな」 カノンが言う事も最もだと思った。しかし、帰国の前日になまえから受けた逆プロポーズを承諾するだけの余裕など、今なおこの私には無い。教皇としての執務や立場もあるが、彼女の隣にいるには私自身があまりにも罪を背負い過ぎていた。優しいなまえと、夫婦としてとても並び生きていく訳にはいかない。 「なまえにはもっと相応しい相手がいる」 「痩せ我慢か?」 「そうではない。ただ、彼女が幸せである事を祈っているだけだ」 「では俺が代わりに貰っても構わないか?」 「それは許さん」 「冗談だ」 冗談が過ぎる、と心の中でカノンに非難の意を述べながら、私は届けられたカノンの報告書に目を通した。聖戦の後、教皇の地位に着いた私に代わって、双子座の黄金聖闘士の後釜にはカノンが収まる事となった。その折々の任務に出向きながら、カノンがついでと称して日本に立ち寄りなまえに会っている事も知っている。双子に産まれた私達が、そろって同じ人に心惹かれるというのも、道理としては理解できる。それでも、実弟に彼女を譲ってしまうのは少し気が引けるのだ。 「誰ならば納得するんだ」 「同世代で言うなら、星矢か一輝だろうか」 「ほぉ、あの二人のどちらかならば良いと?」 「あぁ、なまえも幸せだろう」 「……では、サガよ。幸せとは何だ?」 不意に真剣な眼差しで私を見つめたカノンが、そう静かに言った。私は一瞬戸惑いながらも、彼が本気で私にそう問い掛けているのだと気付き、じっと考え込んだ。しかしいざ言葉にして説明しようとすると、幸せというものが一体なんであるのかが分からなくなる。困った事だ。そう感じながら逃げるように時計の針へと視線を流すと、目の前のカノンが笑い出した。 「……ふざけているのか」 「いいや、そうではない。悪かったな」 「……」 「今の問いはな、なまえからお前に向けての質問だ。十分に答えを吟味し、それを返事にしたためて欲しいそうだ」 「……またなまえに会っていたのか」 「どこぞの捻くれ者が強がって、会いに来てくれんと嘆いていたぞ」 「それは、悪い事をした。会いに行くにも時間が無くてな……」 「それにも言い訳を付けて、きっちり返事を書いてやるんだな」 分かった、と。私が短く返事を返すと、カノンは振り返らずに執務室を出て行った。私は他の書類のいくつかに目を通し、自分の仕事を再開させる。返事を書いたのは、それから一週間後の事だった。 親愛なるなまえへ 前略 久しぶりの君からの手紙、心より感謝する。君が元気そうで何よりだ。私も相変わらず多忙ではあるが、何事も無くやっている。会いに行けずにすまなかった。決して君を敬遠している訳では無い事は、この手紙で伝わるだろうと信じている。 そして君から私への問い掛けを、カノンより受け取った。どうせならば文面なり通信機器を使うなり、君から私に直接問うて欲しかったと思う男心をどうか許して欲しい。 しかし君の問い掛け通りに、私も考えてみた。幸せとは一体何であるか。 もしかすると君の想い描く答えにはなっていないかもしれないが、どうか聞いてはくれまいか。 世間は、例えば苦しみもなく、金銭などで何かに困る事もなく、愛する誰かが自身の隣にいつまでも存在している事を幸せと言うようだ。しかし私には、ただ単にそれだけでは無いように思う。無論これらもあってこそだとは思うのだが、本来の幸せとは、もっと違う次元にあるのではないだろうか。例えば今の、私と君のように。 私は君が隣にいないこの瞬間であっても、不思議と惜しみなく幸せを感じている。何処に居ようと心は通じ合っているだとか、空は等しく繋がっているなどと使い古された言葉を述べるつもりも無いが、私は本当に幸せなのだ。 君が毎日朝に目覚め、呼吸をし、友と言葉を交わし、勉学に励み、そして夜になれば眠りに就く。そのサイクルを飽きる事なく繰り返しながら、今君は生きている。私と同じ世界で、君は当たり前に生きているのだ。それを想うだけで私は、心から幸せでいられる。 これは私自身の勝手な自己満足なのかもしれない。けれど私の幸せとは、君が生きている事、言わば君の生そのものなのだ。だから例え君と一緒になる事が叶わなくとも、私はこの先不幸を感じる事はないだろう。この世界で君が、今日を生き続けている限り。 そして なまえ、君は今、幸せだろうか。 それが何より、私には一番気がかりだ。 どうか、どうか君は誰よりも幸せであって欲しい。 草々 サガ それは僕ではない誰かと 「……」 あの人から届いた手紙をくしゃりと握り締めて、私は自分がいかに子供であるかを痛感するのだった。こんなにも、私はあの人に想われている。それ以上に、どんな幸せがあるだろうか。ここにはいないあの人だけれど、私の幸せもきっと、あの人と同じ幸せだ。私は一人、静かに涙を流した。 2013.07.04 |