私はアンジェロにならば殺されても構わないと、常々そう思っている。これは決して情が絡むだけの話しでは無くて、こんな私を彼が優しく抱きしめてくれる度にそう感じるのだ。まだ十六という若さで既に綺麗な身体ではない私を、アンジェロは何の不自由なく大切に扱ってくれる。一応彼の恋人としての位置にいるのであろう私は、戦闘から帰って来た彼をただ受け止めるだけだ。これだけで、本当にいいのだろうか。今という時間が私には身分不相応なくらいに幸せ過ぎて、こんな幸福がこれから先も続いていくのかと思うと、はたまた疑問で仕方がない。人の幸せや不幸は、どうあっても平等だと聞いた事がある。では、私もいずれはこの幸福を失ってしまうのだろうか。

「……」
「何か考え事か?」
「あ……お帰り、アンジェロ」
「珍しく格納庫で待っていないから、心配したんだ」
「ごめんね、次はちゃんと待ってる」
「構わないよ。それに戦闘直後の格納庫は危険だ、これからは部屋で待っていればいい」

そう言って私の額に口付けたアンジェロは、脱いだ上着を私に寄越してシャワールームへと消えていった。アンジェロ特有のオーデコロンが香る彼の上着をハンガーに通して、私はそれがしわにならないよう気を付けて壁に掛けた。すると後ろからはシャワーが流れていく音が聞こえてきたから、私はふとデジタルの置き時計を一瞥してからベッドに戻った。私とアンジェロが二人で使うダブルのこのベッドは、相変わらず彼の香りで私を包んでくれる。ぎゅっと毛布を抱きかかえながら、私はうつらうつらと瞼が閉じたり開いたりと遊んでいるのを、何処か遠くから眺めている気分だった。アンジェロがここに来るまでは、と自分に言い聞かせるものの、それはあまり効果が無いように思う。いつもならばとっくに眠りに就いている時間だ。今日の戦闘は少しだけ長引いた。しかし完全に私の瞼が閉じかけた所で、私の額に触れる温もりがあった。

「……アンジェロ」

それは言わずもがなアンジェロの手の平で、温水にしっとりとした彼の手は余計に私の眠気を誘う。

「もう寝るのか」
「……ううん、まだ」
「いいよ、こんな時間まで待たせた私が悪い。今夜はゆっくりと休め」
「寝ないよ、貴方を抱きしめてあげないと」
「ふん、私を子供扱いするか?」

そう言いながら、嬉しそうな顔をするアンジェロ。私が手を伸ばして彼の頬に触れると、アンジェロが私に覆いかぶさるようにベッドに倒れ込んできた。その身体を受け止めながら胸元にアンジェロの頭を引き寄せて、私は柔らかな薄藤色の髪を撫でる。こうしている時のアンジェロは、いつもの血気盛んな青年とはまるで別人だった。特にフル・フロンタル大佐の傍にいる時の彼は、何かに取り憑かれているかのように私にも怖い顔をする時がある。けれど大佐から離れている時の彼は決してそんな人では無いし、私を邪険に扱う事もしない。こんな事を言うとアンジェロに嫌われてしまうかもしれないが、私は大佐の事があまり好きではなかった。私をそっちのけでアンジェロに盲信されている事への嫉妬が半分と、心を覗いても中身の無い空っぽの大佐が私には酷く不快でならなかったから。そんな事を考えながらアンジェロを見つめていたら、不意に彼の手の平が私の頬に触れる。

「なまえ」
「なに?」
「お前にキスがしたい」

わざと唇が掠め合うような距離で、そう囁くアンジェロ。にやりと口角を上げて笑っている所を見ると、恐らく確信犯だ。そんな風にアンジェロから迫られて、私が断る筈が無い事ぐらい知っている癖に。私は鼻先がぶつかり合う距離から見えるアンジェロの瞳に微笑んで、自分から彼にキスをする。すると私の唇が離れる瞬間にアンジェロが素早く私の頬に手を添えて、逃がすまいとベッドに私を押し付けた。背中でスプリングがぎしりと揺れて、私は深まる彼の口付けに夢中で応えた。唇を割って侵入したアンジェロの舌を、受け入れるように自分から舌を絡める。昔、私が娼館で働いていた頃は、キスは何と無く嫌で仕方が無かった。けれどこうしてアンジェロと交わす口付けだけは、いつも私から理性というものを忘れさせる。

「ん……」
「物欲しそうな顔をして」
「アンジェロ……」
「はは、一体どれだけの男がお前に夢中だったんだろうな」
「……意地の悪い事は言わないで」
「妬いてるんだよ、お前に通い詰めた男達に」

そう言って私に触れるだけのキスをしたアンジェロは、ごろんと私の隣に寝転んだ。そして後ろから、私を抱き締めるように抱え込む。少し期待をしていたのに、今夜は本当に本番までするつもりは無いらしい。まぁ、仕方ないと思う。パイロットとは意外にも体力が要る上に相当疲労するから、本当ならば何もしない事が一番いい。私も甘えるようにアンジェロの腕にすり寄って、乱れていた寝巻きを正す。

「……おやすみ」
「ん……」

耳元で優しく囁くアンジェロの声に、既に睡魔に抱かれた私は喉を鳴らしてそう答える。視界を閉ざせば感じるのは全身に伝わる彼の体温と、彼の香り。それだけで、私には幸せな夜になる。




満ち足りる夜に




2013.05.31