※星座彼氏ならぬ星座やもめです









「そうして、もこくんとぱんちゃんは、お母さんのやいたホットケーキにくろうして手にいれた木苺のジャムをたっぷりとかけておいしく食べたのでした」


淡い色彩とやわらかなタッチで描かれた絵本をぱたりと閉じれば、とうづきすずや、とゴシック体で印刷された祖父の名前があった。
俺のじいちゃんは絵本作家である。老眼鏡をかけて背中を丸めながら絵本を書く姿を見ながら俺は育ってきた。部屋にはじいちゃんの絵本のキャラクターグッズがこれでもかというくらいあって、それは全てばあちゃんが買い集めたらしい。そんな祖父母の影響もあってか、子供好きの俺は保育科のある短大に進学し、今は就職活動の真っ最中である。読み聞かせの練習に、俺はいつもじいちゃんの書いた絵本を読む。その度こそばゆいような顔でじいちゃんが振り返るのがちょっと、嬉しかったりする。小さい頃に出会ったものの影響力って結構でかい。じいちゃんの作る絵本はいつもおいしくてふわふわしてて、お腹がじんわりとあったまる。じいちゃんの作った世界に染められて育った俺は子供たちにもこの世界を知っていて欲しいと思う。

「また俺の絵本なんか読んで」
「いいじゃん、この家にはじいちゃんの絵本しかないんだからさ」

そう言えばじいちゃんは顔をくしゃくしゃにして笑って、眼鏡を外した。
じいちゃんはそれはもうばあちゃんが大好きで、二人はいっつも手を繋いで歩いていた。だからばあちゃんが死んだ時、じいちゃんはふさぎ込んでしまうんじゃないかと俺は心配したのだけどもじいちゃんは存外に元気だ。

「じいちゃんさ、なんで絵本作家になろうと思ったの?」

するとじいちゃんは少し考えるようにして、お母さんには内緒にしておいてよ、と唇の前にペンだこのある指を立てた。

「俺は本当に月子、ばあちゃんが大好きで」
「それは知ってる」
「はは、そうか。まあそれでな。結婚して、お前のお母さんが生まれて暫くしたある日に言われたんだ。そろそろ私の事考えなくてもいいんじゃない?って。最初はびっくりしたけど月子はこう付け足した。私はもうずっと錫也の傍にいるし、その事については心配御無用だから錫也はもう少し自分の事考えてみたらって」
「うっわ、惚気かよ」
「そうだよ。……俺は今まで月子の事ばかりで、でも月子以外と考えたら月子と同じくらい大切なお前のお母さんがいる。俺は結局我が儘で自分の家族が大好きだから、お母さんにあげる絵本を作りたいと思った。
昔はよく月子や哉太に読んであげてて、絵本を読むのが好きだったってのもあるんだけど、子供の頃に見た物って結構覚えてるだろう?大人になっても、ずっと俺の絵本を覚えてくれてたらいいなって思ったんだ」

ようするに、じいちゃんは旦那バカの親バカで自分の可愛い奥さんと娘の為だけに絵本作家になったのだ。
自分の祖父ながらなんというか。

「……でも、良かった。受け入れてもらえた」

じいちゃんは愛おしむように絵本の表紙を撫でる。その表紙には髪の長い女の子とくまが描かれていた。

「俺の世界は狭くて、大切にしたいものにしか情を注げないから、他の人にはどう映るんだろうって不安だったんだ」
「そう?俺はじいちゃんの絵本好きだけど。なんか満腹の時の幸福感に似てていいなって思う」

そう言えばじいちゃんは少し驚きながらも顔をくしゃくしゃにしてありがとうと笑うとまた絵本作成の作業に戻っていった。


そして暫くの後俺は幼稚園に就職が決まり、期待で目を輝かせる子供たちにじいちゃんのじじバカの極みとも言える、俺の名前がタイトルになった絵本を読み聞かせる事になるのだった。
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