月子が柿野くんと腕を組んで歩くようになった。
星月学園は一つの科に一クラスしかないからクラス変えもない。だからクラスメイトと入学当初より距離が近付くのは当たり前のことだし、柿野くんは少し女性的な部分を持ち合わせていたからそれは当然の事かもしれない。
何をきっかけで、なんて俺にはわからないけれど少しずつ変化していた。月子は梨本くん達とも仲が良い。俺達とずっと一緒だった時間が川の流れで小石が丸く削られるようにゆっくり擦り減っていく。最近では彼と一緒にいる時間の方が多いような気がした。
ただ、腕を組んで歩くと言ってもそこに恋人同士のような甘さはないように思えた。どちらかと言えば女の子が女の子にくっついていくような、そんな感じ。だからあまり気にしないようにしていた。幼なじみだからと言って月子の付き合いを制限する資格は無い。俺はあいつの彼氏ではないのだから。小骨が喉に刺さったままのような違和感と痛みを抱えたまま、俺は日々を過ごしていた。
ある日の放課後の事だ。
その日は珍しく部活も生徒会もないのだと言う月子に一緒に帰ろうかと声を掛けたのだが、先約があるからと断られてしまった。
かと言ってすぐに誰かの元へ行く素振りも見せず月子は鞄を教室に置いたまま姿を消した。
部活に課題にと皆それぞれの目的に向かっていき教室の人影は疎らだった。校舎は新しいが男ばかりの学園の教室は散らかっている。机に高く積み上げられた教科書、壁側に散乱する部活道具、机の中からはみ出したプリント。体育の後から脱ぎっぱなしのシャツ、泥塗れのシューズ、放置され乾燥してしまった汗拭きシート。
そういった土と汗の匂いのしそうな雑然とした空間にいても彼の周りだけはいつも清潔で整っていた。薄い桃色の髪が夕焼けに染まり濃く輝いている。机に座った彼は誰かを待っているように見える。多分、相手は月子なのだろう。肩に掛けた鞄の紐をぎゅうっと握り締め、唾液を飲み込む。口内は何故かひどく乾いていた。
「柿野くんは帰らないの?」
声を掛ければ、蜂蜜を凝り固めたような甘く濃い瞳がゆっくりと俺を捕らえた。中性的ともまた違う、男でありながら女の濃密な部分を押し込められたような彼は薄い唇を持ち上げて怪しく笑う。
「夜久を待ってるんだ」
「そう、か」
俺はそれだけ言うのがやっとだった。言えない。本当は君に少し嫉妬しているなんてそんなこと。言ったら俺がどうなるとかではなくて、鼻で笑われてしまうような気がした。丁寧な紳士のようでありながら彼は時折そういった女性のような無遠慮さで周りの男子達を黙らせる事が何度かあった。
「夜久が言っていたよ」
柿野くんは丁寧に笑ってみせる。
「男の人はとても可哀相だって」
まあ僕も男なんだけど、と柿野くんはその指に前髪を巻き付ける。傾いた日差しが今更強く背中を焼いた。甘く、ねっとりと重い空気に沈む。彼は時々こんな風に女性のような雰囲気を放つ。得体の知れない生き物を見ている気分だった。
「でも僕は彼女に選ばれた。僕は夜久の、女の子の砦なんだって……ああ、東月もしかして妬いてる?」
何もかも知っていると言わんばかりの目が俺を見透かして細められる。
「大丈夫だよ、僕は彼女の恋人では絶対になり得ない位置に選ばれたんだ……でも、そうだね。君達が守りきれない、彼女の一番弱い所は僕だけしか触れられない」
「……意味が、わからないんだけど」
「そうだね、君には一生わからないだろうね」
彼は微笑んで唇に人差し指を宛てた。秘密の共有のように、そしてその相手は考えるまでもなく月子なんだろう。奥歯をゆっくり噛み締める。それだって彼はお見通しに違いない。
「君がどれだけ彼女を支配したくたってそれは無理な話だよ。だって夜久は女の子なんだもの」
女
の
子
の
砦