どうしてそんなに綺麗でいられるのかなあ。
その瞳に映されたら、息も出来ずに死んでしまうんじゃないかと冗談ではなく思ってしまった。開け放たれた窓から白く薄いカーテンが翻って、仄かに暖かい風が頬を撫でた。哉太の顔に苛立ちとも違う、苦さを思わせる何かが浮かんで消える。春が近付くと哉太は毎年こうだ。風が攫う少し伸びた髪は3月の曇天と同じ色をしている。儚いだとか脆いという言葉は魔性だから口には出せないまま、病室の隅で見る横顔は去年よりずっと痩せていて、美しかった。

酷い事を考えているなという自覚はある。それでも、どうしても思わずにはいられなかった。だって私は他にこんなに綺麗な人を知らない。痩せて衰えていくのに哉太には磨き抜かれた宝石みたいな美しさがあった。未来だとか、将来の夢だとかそういった輝かしいものを対価に吸収して哉太は薄氷みたいな美しさを得ているのだと思う。
がりがりに痩せてしまった、白い腕は珊瑚の死骸みたいだった。それを取って指先一つ一つに丁寧にキスをしたい。大事にしてあげたい。それを哉太が望まない事を知っているから私は唇を噛むだけであった。この美しさを肯定したいのに、そうしてしまったらこの先私達の歩む道にある全てのものを否定する事になる。何を口にしても結局傷付ける事しか出来ない気がして、自然と無口になる。

「……急に黙ってどうしたんだよ気持ち悪ぃ」
「気持ち悪いってなによ。哉太が、」
「俺がなんだよ」
「哉太がきれいだから」

少し釣り上がったその目が見開かれて、ああまた傷付けたのかなと思う。だけども哉太は少し困ったように笑ってみせて、それが悠哉さんを思い出させた。いつも困ったみたいに優しく笑う人だった。

「……お前の方が、ずっと、綺麗だよ」

ゆっくり、溜め息を吐くみたいに言葉が紡がれた。慈しむように細い細い指が私の髪を梳いて、長いそれを耳にかけた。雲母みたいな瞳に私が映るのを黙って見つめている。そこに涙が浮かべば破けてしまいそうな、薄い膜のような瞳がとてもとても好きだった。

「……春が嫌いだ。お前、毎年怖いくらい綺麗になってくんだ」
「かなた」
「春なんて来なくていい」

私の肩に顔を埋めて哉太は息を吐いた。暖かいそれがじわりと皮膚に滲む。
どうすればいいだろう。芽吹く春を生き抜ける気がしないのだと言う彼を攫うにはどうしたら。庭に咲いた小さな白い花を思い出す。あれが咲く度にそろそろ春が来るねと囁き合ったのはいつの事だっただろう。全部手折ってきてしまった。ねえ哉太、知ってる?あの花の言葉を贈りたいのに、あの花を贈る事は出来ない。花瓶に飾れない花束を握ったまま、この世でいちばんきれいな人の涙を受けていた。


うつくしいひと
慰めを、逆境のなかの希望を
あなたの死を、望む