学校を出ると一本道の下り坂がある。

車線が一本しかないからもう殆ど通学路専用みたいな感じで、車はトラクターと古臭いデザインの軽自動車が数台通るか通らないか。そこを学生が横に広がって歩く。チャリ通の奴らは帰りは徒歩の俺らを横目に意気揚々と坂道を下っていく。左手側にはおばちゃんが夫婦で経営している定食屋がある。安さと量の多さが売りで、顔を出せば揚げ物を一個おまけしてくれた。
剥げかけた散髪の看板を通り過ぎると畳屋があって、畳の匂いがいつもしていた。その横に田中新聞があって、そのまま真っ直ぐ行くとT字路になる。角にあるコンビニには16時頃から可愛いバイトの女の子が入ると噂で野郎共はこぞって通っていた。向かいのラーメン屋には弓弦や射弦、真琴と部活帰りによく寄る。皆食べるメニューはいつも同じで、餃子を一つだけ頼みいつも競い合うようにして食べてる。

T字路を右折すればタバコ屋があって、人懐っこい猫がいつも二匹いる。そこのおばちゃんは優しくて、この間階段を下りるのを手伝ってあげたらみかんをくれた。
右折して、真っ直ぐ進む。そこでようやく道が枝分かれし始める。すぐ左にあるのがカップルがよく使う遠回りの道で、射弦なんかがよく学年で一番可愛い女の子と消えていってた。

射弦は俺達の中で誰より電話帳の登録件数が多いけれども、そのかわり内容の変動も激しい。最近買い換えてスマホにしたらしいけど、使いづらいとぼやいていた。
弓弦は的しか見ていないふりをする。本当は誰を見ているかなんて一目瞭然なのだけど、それを指摘する気概が俺にはない。弓弦だって射弦に比べたら厳ついけどもそれなりに女の子からはモテる。特別可愛くはないけど、何だか気になるような子に告白されては断っているのを俺は知っている。

真琴は、どうだろう。隣で歩く彼女の姿を盗み見る。結構年上の彼氏が出来たらしいという噂が流れたのは一年程前の話だ。
真琴は中学の時から年上ばかり好きになっていた。困ってる奴の世話を焼きたがるくせに、真琴は自分を傷付けるような恋をしたがる悪い癖があった。休みの日はモデルみたいな凄く洒落た格好で、イカツいデザインの、凶器みたいなヒールのブーツで出掛けているのをたまにみる。元々身長差がそんなにないのに、真琴がヒールを履くと俺を簡単に追い越してしまうのが悔しい。だから、スニーカーかローファーしか履かない制服の真琴が好きだったしホッとする。


ホッとするはずなのに今日は妙に落ち着かなかった。珍しく二人きりなのもある。けども一番の原因は射弦の一言だった。
「真琴、彼氏と別れたんだって」
それを聞いたのは今朝の話だ。確かに真琴はいつもなら軽い暴力と一緒に容赦ないツッコミを入れてくるのに今日は大人しい。真琴は彼氏と別れた事を俺が知らないと思っている。弱みに付け込めば?
先週泊まりに来た隆文の言葉を思い出した。
「俺らはほら、イケメンじゃないだろ?正攻法で行ってもまず勝ち目がない。妨害されるか玉砕するか」
そういう隆文の金色は少し遠くを見ていた。
「いいだろ、それくらいハンデだと思えば。それで手に入るなら俺は姑息な奴でいいよ」

隆文と俺とじゃ状況が違う。アイツは上手く兄貴面してきたからいいかもしれないけど、俺は幼なじみなのだ。情けない所なんて山ほど見られてるし泣かされた回数なんて片手じゃ足りない。今更カッコイイ俺なんて装えるはずもなく、スニーカーが割れたコンクリートを踏み締める。


公園を抜ければ川沿いの道が続く。15分程歩けば住宅地になる。
沈黙が辛い。こんな感覚、今まで知らなかった。こういう時なんて言ったらいい?それとも手を繋ぐとか?緊張のせいで手が汗ばんでいる。俺はそれをズボンにこすりつけながら、普段は喧しいくせにこんな時に限って開かない口を呪った。馬鹿、俺、爆発しろ。
視界の端を赤い葉が横切る。もう秋なんだというのを今ようやく実感していた。

「もうすぐ修学旅行だな」
「そうだね」
「射弦が怨みの篭った目で見て来るんだよなー、あいつあれでいて寂しがりだから可愛い、」
「私、彼氏と別れたんだ」

真琴は俺なんかよりずっと聡い。だから気まずいと感じていた俺にも最初から気付いていたんだろう。
昔からそうだ、女の子は男より大人になるのが早いなんて言うけど真琴はそんなの関係なく、昔から俺達の誰よりも大人だったし物事をわかりすぎていた。
心臓がばくん、と大きく音を立てた。肝心な時に限ってこいつは余計な言葉より雄弁に俺の感情を語る。

「……は、はは、お前ガサツだしな、なんかやらかして嫌われたんじゃないの」

白々しく吐き出した言葉は夕日に溶けて、心臓より大きな音を立てて左胸を突き飛ばされた。

「バカ藍、ほんとウザい」

言葉通り馬鹿な俺はそこでようやく気付いたのだ、真琴が俺に少しだけ甘えていたこと。弱みを見せない真琴が付け入る隙を見せてくれてたのに俺は選択を間違えた。
足早に去っていく背中を見つめながらそれでも未だ煩い左胸を鷲掴んで、肝心な言葉を見付けられない自分を呪った。