横にたなびく雲の多い午後だった。寄宿舎の屋上には給水タンクがあって、その横で意味もなく小さい風車が風を受けてカタカタと回っている。日陰があるのと空に近いのとで、僕は昼の一時間休憩を大抵そこで過ごしていた。食堂は忙しない。先輩の事は好きだけども四六時中一緒に居たい訳じゃない。僕と先輩の関係が上手くいってるのって、お互い愛情が重たすぎないっていう所が結構大きいと思う。先輩は馬鹿じゃないから言葉なんかで愛情の確認をしようとはしない。僕はそれがとても楽で、だけど時々寂しい。似ているから近付きたくなくて、でも抱きしめて一番傍に居たい。矛盾してるなあと思うけど僕達にはある意味お似合いだとも思った。

お茶の入ったペットボトルを片手に、階段を上りきる。特等席には灰色の頭の誰かが座っていた。猫背の曲がった背中が何だかムカついて、僕達は思いきりそれを蹴り飛ばした。

「……ったい」
「邪魔」

僕は矢来が座っていた特等席にそのまま座ってペットボトルの中のお茶を飲み干した。矢来は恨めしそうにこっちを見ている。

「ほんと、いい性格してるよね」
「矢来に言われたくない。ていうかお前月子先輩に突っ掛かりすぎ。うざい。何、好きなの?」
「冗談やめてくれない?誰があんな女。木ノ瀬って趣味悪いよね、お人形と付き合って楽しい?」
「人形じゃないし、触ればきちんとあったかいけど」
「惚気とかすげーウザいまじリア充爆発しろ」
「ひがまないでよね、男の嫉妬って見苦しいったらない」
「童貞のくせにほんとムカつく」
「一回二回ヤッたくらいで調子に乗んなバーカ」

そこで会話が途切れて、温い風が吹いた。なんか唇が乾いてるなあと無意識に手が伸びる。矢来は縮こまったまま、田舎くさい景色を無言で眺めていた。

「木ノ瀬も、あの人も、嫌い。見てて腹立つ」
「まだ言う?」
「俺と同じじゃん。射形だってなんだって機械みたいに正確さばっかり重視して型に嵌まった美しさで模範解答みたいなつまんなさで、味のなくなったガムみたいで、大して変わんないくせにさ、なんで色があんの。」
「色?」
「俺の射形がなんて言われてたか知ってる?」
「さあ」
「木ノ瀬梓のコピー」

そこで矢来は相変わらず何を考えてるかわからないような目で僕を見上げた。重たい物を溶かしたような錆色の目、こいつはこんな目で的を睨むんだろうか。
少なくとも、ちょっと昔の自分よりは色があるように思えた。

「だから木ノ瀬が嫌い、お人形先輩も嫌い。似てるくせに俺より色があるなんて腹立つ」
「よっぽど好きなんだね、弓道」
「好きだよ」

迷いのない言葉で耳が痛いなあなんて思うのは、執着を知った今でも僕は弓道が一番だなんて言えないからだ。
僕の、ほんとうの一番は。
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