※ヌードモデルな月子と絵描き桜士郎です
雲間から差す午後の陽光をシルクはぬらりと反射して触れたら糸引く様に見える。散らばった甘い雨のような髪に白い薔薇の花びらが一つ、二つ、三つ。投げ出された剥き出しの肢体は相変わらず陶器のお人形のようだった。逆光が白い肌を仄暗く変えて彼女は余計に無機質に見える。
光の直線とシルクの曲線、お世話にも豊かとは言えない少年のような身体はそのどちらにもなれず床の上を乱雑に横たわっていた。長い睫毛は伏せられ大きな瞳を飾り、高くも低くもない鼻、薄い唇が酸素を求めて僅か開く。相変わらずデコルテからの線は細く儚くそこだけ高い完成度を保ったまま。僅かな膨らみの先端の薄紅はまだ誰にも触れられていないような、そんなあどけなさを演出している。はっきりとはしないくびれ、薄い茂みと肉のない太股。
女に成り損なった身体は憂鬱と哀愁を漂わせてただひたすらに静かだった。感情をどこかに置いてきたような、そんな硝子玉の目で彼女は白い薔薇を一枚一枚ちぎっている。
「私なんか描いて売れる?」
それこそ千切られた白い薔薇のような唇が動いた。
辺りはとても静かで、鳥の羽ばたく音が響くくらいだった。
「まあ、それなりに」
「こんな枝みたいな身体のどこがいいんだろう」
乾いた、自嘲めいた笑みだった。それを無視して俺は筆を走らせる。感情は要らないから描かない。求められているのは人形めいた、それでも生き物である温度と空気だけだから俺も彼女に感情を求めてはいなかった。
彼女もプロだしそれは知っているようだから今まで余り感情を出す事はしなかった。ただ、珍しく何かを吐き出そうとしているからちょっと付き合ってみるのも悪くないと思ったのだ。
「ホントにねぇ。俺は君なんかより君が今手にしてる白い薔薇のがよっぽど官能的で欲情出来ると思うけどなあ」
ぴし、と彼女は凍り付いたように動きを止めて笑った。
「あ、は、ははは、は」
笑いながら、泣いていた。
瞳から零れる嘘みたいに純度の高い滴が白い薔薇を濡らしていた。
顔も知らない男に俺は今日も彼女の絵を売り付ける。涙は絵の具に混ざって消えた。