「……相変わらずシャレオツ」

八月の、まだ熱い、でも鉛みたいに重苦しい曇天の日だった。射弦は袴のまましゃがんで私を見上げている。眠たい猫みたいな目が甘くどろりと動く。今日の空と同じ色をした髪の襟足が汗に濡れて首筋に張り付いている。年代物みたいなセピア色を纏う射弦の指がかん、と空になりかけたペットボトルを弾き私の足元へと転がってきた。私は黒いサンダルのピンヒールでそれを受け止める。こいつの、こういうまどろっこしい所に私は時々苛立つ。何かあるならハッキリ言えばいいのに子供みたいな手段で私の足止めをするのだ。

「なによ」
「雑誌にまんま載ってそうな格好しちゃってさ、何処行くの?」

知ってるくせに聞くな。
射弦は弓弦より賢いくせに狡くて鬱陶しい。他人の突かれたら痛い場所を見抜くのが得意で、猫みたいに笑いながらそこを小突くのが好きなのだ。

「彼氏んとこ。悪い?」

一々相手にしていたらキリがない。それこそ猫をあしらうみたいに素っ気なく言ってやった。踏み込めば調子に乗るから、このクソガキを甘やかすつもりもない。私は間違っていない。
射弦はぴくりと眉を動かした後、地面に落ちていた小枝を拾い上げた。

「兄貴はさ、まだ道場だよ」
「そう」
「馬鹿みたいに弓道やってるよ」
「知ってる」
「あんたの事も馬鹿みたいに一途だよ、きっと男がいるなんて知らない」

カリカリカリ、と小枝が地面を引っ掻き射弦はそこに落書きを始める。
小さい頃に流行った特撮のヒーローは射弦のお気に入りで、私は何度もこいつら兄弟のヒーローごっこに付き合わされた。ヒロイン役ではなかった、私は大抵ブルーかグリーンで居もしない見えない怪人と戦っていた。数えきれないくらい遊んだ、喧嘩もした。私が泣くと弓弦が柄にもなくうろたえて、泣くなと服の裾で顔を拭われた。それを忘れた訳じゃない、ただ私達はあの頃よりずっと大人になって狡くなってしまった。私は誰かを頼りたいんじゃない、頼られたい。貴方がいないと駄目なんだって言われたい、貴方が必要なんだって言われたい。
私も射弦も器用にずる賢くなれたのに、弓弦だけが不器用なまま。乾いた唇から上手く言葉を吐き出せず悔しそうにする弓弦が、私は時々怖い。そこから綺麗に言葉が落ちてきた時、私はきっと上手い言い訳を用意して逃げ出すだろう。そしたら弓弦は私をどう思うだろう。

「……別に付き合ってる訳じゃないし、好きだと言った覚えも言われた覚えもない。私にはちゃんと好きな人がいるから、」

そのまま射弦の横を通り過ぎようとした瞬間、手首を引かれた。


「まこちゃん、置いてかないで」


拙く幼い声はあの頃みたいに高くないけれども確かに同じ、切実な響きを持っていた。思わず振り返れば、口の端を吊り上げ意地悪く射弦が笑った。

「こう言えばさ、真琴さんいっつも止まってくれたよね」

こいつ、全部解っていて。熱く重いものが喉まで競り上がって、吐き出す代わりに私は射弦を蹴り飛ばした。

「人をからかうのもいい加減にしな」

温い風を切りながら私はバス停へと向かう。早く、早くあの人の所に行きたい。こんなの、こんな私は知らないいらない。強く芯のある女、そうでしょう私が欲しいのはそれでしょう。
飲み込めない感情を奥歯で潰して、うっすら滲む汗を拭った。
八月の果てない曇天は私をどこまで憂鬱にさせる気なのか
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