木ノ瀬くんもそうだけどどうして僕と同い年の人ってこう口さがないというか、ずけずけ物を言えるんだろう。後輩なんだから周囲に気を遣うべきだと思うんだけど、と僕は胃が痛むのを感じながら動向を見守っていた。
事の発端は、星月学園に練習試合で訪れた陸海学園弓道部の矢来射弦くんである。彼は道場に着いて早々、好奇心を隠さず夜久先輩に視線を向けた。そして一言、

「星月学園の女神様ってあんた?……ふーん、ただのお人形じゃん」

比較的和やかだったと言える空気が一気に凍り付いた。横に居た白鳥先輩は明らかに嫌悪を剥き出しに、なんだよあいつと呟く。

「はは、これならうちの木ノ瀬のがまだ可愛いげがあるな」

犬飼先輩は笑って言ったけれどレンズの奥の目は全然笑ってなんかいない。
こういう時真っ先に怒鳴りそうな宮地先輩は静かで、そっと伺うと険しい表情のまま唇をぐっと噛んでいた。あいつにも部長としての立場やら面子があるんだろ、と犬飼先輩は僕の肩を叩いた。

「ていうかさ、星月学園て山奥な上殆ど男子校だから女なら誰でも可愛く見えるって本当?
だったらあんたって女だからってだけでマドンナ様女神様担がれてんじゃない?かわいそー」

今の発言は、ない。あんまりだ。ていうかこの人なんでこんなに夜久先輩に突っ掛かってくるんだろう。
当の夜久先輩は曖昧にはは、と笑って袴をきゅっと握り締めていた。どうしよう木ノ瀬くん、と声を掛けようとした時にはもう隣に居たはずの彼の姿がなかった。辺りを見渡そうとした瞬間、今まで聞いた事もないくらい低い声が静かに響いた。

「もう一回言ってみろよ」

僕は自分の目を疑った。今まで宮地先輩と何度か激しい口論になった事もあるけど、ここまで木ノ瀬くんが怒った事なんてなかった。いつもの余裕そうな雰囲気の彼はどこにも居なくて、矢来くんの衿を掴んだまま大きな瞳は刺すような殺気で刃物みたいに光っている。

「あんたが木ノ瀬梓?」
「……だったら何」
「へーえ、父さんの自慢の生徒か。兄貴、こんな女の子みたいなのに負けたの?」

ぶち、と何かが切れる音が此処まで聞こえて来たような気がした。木ノ瀬くんが振り上げた手を掴んだのは宮地先輩だった。

「木ノ瀬、此処は神聖な道場だと何度言ったらわかる」
「宮地先輩、」
「……やるなら弓道だ。木ノ瀬、思う存分ぶちのめしてやれ」
「……はい、当然です」

宮地先輩の明らかに敵意を見せた発言に木ノ瀬くんは満足そうに頷くと、少し乱暴に矢来くんの衿を放した。こうして波乱の練習試合は幕を開けることとなったのだった。
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