あの少女が目を覚ました。そうゆう類の結界を張っていたため意識が浮上しかけていることに気が付いた審神者は長谷部と鶴丸を連れて向かうと、丁度襖を開けたところで大きな瞳がぼんやりと開かれた。瞳は濁っている。なまえのものとは違う。何か、嫌な気配を発している。警戒しながら、また警戒されないよう結界を何気なく解くと横に腰を落ち着かせ口を開いた。


「君は…なまえの知り合い、で間違えないかな」
「…知り合い?なまえがそう云ったの?」
「いや、彼女は…グリーフシードを補給しに行った」


そう返答すると少女は一つ瞬きをし、右手を付きながらゆっくりと身体を起こした。長谷部の警戒はとかれないままのため、鶴丸がつらそうにする少女に手を貸してやる。その着物をグッと掴んだと思うと、俯きながら震える声で言葉を発した。


「なまえは…グリーフシードを…?」
「あ、ああ…君も”魔法少女”なのだろう?」
「なまえは…”魔女狩り”を?」


少女の只ならぬ様子に圧倒され審神者は「ああ、」と掠れた声でしか返答できなかった。嫌な気配が疼くのがわかる。鶴丸の着物を掴む手はそれを破るのではないかというほどの力が込められている。さすがに様子がおかしい。長谷部は得物に手を掛けいつでも動ける体勢にあるところを見て、自分だけが感じているのではないことがわかる。――地雷だったか?と嫌に冷静な自分の声を聞いた審神者はなんとか落ち着かせるように声を掛けた。刀剣男子二振は会話にじっと耳を傾けている。


「何があったのかは知らないが、なまえも時期に戻ってくるだろう。顔色も悪いし、少し休んでいては――」
「あなたたちは何も知らないの?」
「…な、なにを?」


ドクリと心臓が拍動する音ややけに大きく聞こえる。それに早い。審神者がこの少女に抱くものは間違えなく、恐怖であった。その膨大な力になのか、見知らぬモノであるためか――。ゆっくりと顔を上げた少女の表情を見て固唾を飲む。その瞳は流動する闇が蠢いているようだった。すっかり真っ白くなった顔からは表情が抜け落ちている。その異常な様子に長谷部は遂にと審神者の前に出て庇うような姿勢をとった。驚いた審神者は冷静に、後ろに付いた右腕が微かに震えているのが感じられた。


「魔女の正体を。魔女の元を。魔女の悲しみを。どうして!!??」
「おっ落ち着いて、くれ!魔女は…呪いから生まれた、負の感情から生まれた…存在だと…」
「違う!!あれは、魔女は、わたしたちかもしれないのに!!」
「それは――」
「どうゆうことだ」


この場にそぐわない落ち着いた声が聞こえハッと振り向いた審神者の後ろには三日月の姿があった。一番隊として出陣していたが、帰還したらしい。息の乱れなど感じないが飛んできたのだろうか、部屋から続く廊下の向こう側から複数人の足音が聞こえる。その姿に幾分か落ち着きを取り戻すと、三日月がけして視線を外さなかった少女へと向き直った。


「魔女を倒さねば生きれぬとあいつは云った。違うというのか?」
「――仲間かもしれないのに、殺せっていうの?ついこの間まで一緒に戦っていたかもしれないのに、殺せっていうの!?自分のためだけに!?いくら化け物だからって、そんなのあんまりじゃない!!」
「あれを、仲間だというのか」
「仲間じゃない!!わたしたちの未来の姿よ、魔法少女の――成れの果てよ!!」


鶴丸の着物を掴んでいた手が離れ、力強く畳を殴った。懸命に言葉を紡いでいるその小さな身体は前に乗り出すも、鶴丸が必死に抑えてその場に留めている。――魔法少女の慣れ果て?魔法少女が、この少女が、あのなまえが、あの異形にでもなるというのか?審神者は今まで胸中でひっそりと練り上げてきた”計画”が崩されたことに落胆した。そうして無意識にそんなことを考えていることに気が付き頭を振った。一方表情をまったく変えずに聞いていた三日月は数拍のうち、その瞳に宿る三日月のように口角をゆっくりと上げ、涼やかな笑みを零した。


「――それならば、お前たちは、本物の”化け物”だということか」


息を荒くしていた少女がその一言で、ぴたりと動きを止めた。力が抜けたようにガクリと頭を垂れる。審神者とその場の刀剣男子たちはその思わぬ言葉に思わず三日月に視線を送る。――何を考えている?その笑みに含まれた意思を読み解けないにしても、皆三日月がなまえのことを気に掛けていることは知っていた。それなのに、そのセリフはなんなのだろうかと。


「だから、死ぬしかないじゃない。あんなものになりたくない。でも、世の中の人を助けるためにこの力を手に入れたのに、誰にも知られずに死ぬなんて、いや」


少女らしい凛とした高い声が小さな音で言葉を零してゆく。そうして、壊れかけのおもちゃのようにぎこちなく顔を上げた少女の瞳からは到底”化け物”になんてみえない、ごくごく普通に、涙が伝った。



「さびしい」



その小さな身体が”異形のもの”へと変わってゆく姿を、審神者はただ静かに見ていた。信じられないような光景を目の当たりにして動けずにいた。それは他の刀剣男子も同じだったようで、皆が驚愕を隠せずそれをただじっと見つめた。ただ一人、三日月だけはその異形に”目を奪われる”ことはなく、自らの得物で切り伏せた。



151105