「嗚呼、お前だったか」


その瞳に閉じ込めたものと同じ三日月を背にし、天下五剣の一振りは微笑みを携えてついでに酒を携えて現れた。隣に座る男――審神者と云った。本名ではなく固有名詞のよう。どうも教える気はないようだ。――は陽気に杯を挙げ軽く言葉を交わす。わたしも同じく杯に口をつけて、二人の様子を観察する。
この空間は魔女の結界のように、通常の時間軸から少しの歪みの向こうにあるようだった。それでも結界ではない。そう云えるのは、ここが暖かな力に覆われているから。その暖かな力の源、審神者なるこの男を筆頭にここにいる者たちは普通のヒトではない。魔法少女でもない。皆口を揃えてカタナだと云ったが、長い年月を過ごしていればそんなことに見えることもあるのだろう。わたしの前では口にすることはないが、どうやら政府が関わっているよう。そうならば、一般市民たちには知り得ぬこと。


「主と誰がいるのかと思ったが、お前も呑めるのか」
「こうみえて、なまえはよく飲める」
「こうみえて、貴方より長く生きてますもの」
「んん、そうなのかあ」


アルコールが回っているのだろう、いつもの隠された警戒は紐解かれているようだ。日のあるうちにショクダイキリ…光忠がおやつとして作った団子を肴代わりに口にしながらにこにこと表情を緩ませている。その様子を横目で眺めながら、杯の酒を舐める。舌を刺激する辛口のこれは、ここで作られたものだと聞く。魔女の結界のようだと感じたが、やはり似て非なるものだ。どうしても重ねてしまうが、こうも生産的であると重ねることも馬鹿らしく思う。


「魔法少女とやらは」
「え?」
「魔法少女とは、如何なる者だ」


問いかけてきているクセに有無を云わさぬ口調だ。魔法少女とは。――「わたしたちは魔法少女だけれど人間だからサ」古い記憶が蘇る。似たようなシーンだった。彼女と二人、慣れぬ酒を注がれて三日月を見ながら話をした。わたしたちのような者だから、酒くらい飲まないとやっていられないんだ、と。正義を胸に抱きそう話してくれた彼女はもういなかった。彼女と一緒にわたしの正義も死んだ。正義というほうがおかしいのかもしれない。


「刀とは、敵を切るものだ。主に使われ、守り、殺すもの。お前は初め、魔法少女とは魔法を扱う者と云ったな。そして化け物とも云うた」
「随分と、突っ込みますね」
「なに、共にこの本丸にいるのだ。曖昧な者では主の側にはおけん」


鈍く光る三日月から目を離し男を見ると気が付かぬうちに寝落ちていたよう。まあ、これを狙っていたのだろう。体の良い事を口にしつつも瞳はしっかりと本心を零している。好奇心。知識欲。確かに化け物とは云ったが、初めて共に魔女を狩ったときの話だ。よくあの距離で聞いていたのだと、最早関心の域だ。


「あれとお前は似ている」
「似ている…?」
「違うのか」


霊力や神気といったやつだろうか。以前説明された気がするが必要のない力だとあまり話は聞いていなかった。けれどカタナたちはわたしと魔女を似ていると云った。似ているものだと認識した。背筋に悪寒が走る。馬鹿らしい。


「わたしたち魔法少女は願いを持ったもの。願いを叶えたもの。その代償でこの身体になった」
「なるほど。力の流れが人とは違う。人は力を内に秘めているが、お前は流動している」
「流動?わたしにそれはわからない」
「あの“魔女”とやらもそうだった」
「魔女とわたしが同じものだと!」




そんなの昔から知っている!!




「行ってしまったか」
「苛めすぎじゃないのか、三日月」
「主。俺は苛めたかったわけじゃい。…ただ、あやつの力は澄んでいて、綺麗で、眩しい」




150917
触れられたくないこととそれを暴かれる焦りから。