音もなく飛び上がった細い身体から九尺弱にもなる巨大な刃が振り下ろされる。その表情には苛立ちを隠すことなくほぼ怒りの衝動といったような形で成っていた。何故かこの娘がいると敵が途切れることなくでてくる――そう聞いていた数名と実際目のあたりにしていた刀剣数振りは同じく苛立ちや焦りといった感情を滲ませていた。
彼女の“回復アイテム”探しに許可がでたのは二日後になった。神だの時代を遡るなどと日常から外れた事には慣れているつもりであった審神者であるが、何度考えても白昼夢だとしか思えず。彼の尺度で測っても常軌を脱している彼女をここ本丸から出すものかと意志を固めたばかりであったからそれは猶更で、とりあえず判断を待つように云った二日目の朝には彼女は「もう無理」と藪から棒に吐き捨てた。彼女は生活を維持するのにも力が必要であることを説明したが、審神者にしてみれば飯も取らずにいればそれはそうだと返した。最近の女子学生はダイエットと称して飯を抜くと聞くがその類だと思ったのだ。彼女は情動を見せずそうではないと否定し、魔法少女はエネルギーを食事で摂取する必要はないと答えた。それを傍で聞いていた鯰尾がじゃあ排泄しないの?とちょっとそこまでと軽く云うように尋ねそして彼の兄にあたる一期一振に拳骨を食らうのを見ながら、審神者はそれは大変だと己の胸中を隠すよう真面目な顔で返す。なんとなく察したのか長谷部が審神者を横目で覗いた後に会話の続きを促した。
こうして魔法少女なまえの本丸からの外出はいくつかの条件の元許可される運びとなった。元々日常生活品は政府に準備して配給してもらう制度となっているが在らぬ疑いを掛けられる事を避け街に繰り出す必要があった。それにいくら異形の相手をしていたとはいえ刀剣たちに勝ることはなかろう、と考え刀剣たちに彼女の監視を一任し出陣となった。


「はーーッいいね!あんたやるじゃないか!」


そう聞いていたこの特変部隊の刀剣たちは皆、まずは彼女の変身に、次にその巨大な薙刀に、更にはその強さにと驚愕することになる。今は苛立ちのためか、特変部隊の内の一振、次郎太刀の言葉のように振り回せば当たるというようにその丈を自在に変える薙刀を振ると同時に伸ばし異形を伸していっているが、攻撃を避け、討ち、往なしてはまた討ちとそれは舞のように撃破していく姿に思わず感嘆の声を上げる。次郎太刀に至ってはその大きな手で小さななまえの頭を撫で褒め称えた。彼女も満更ではない様子。


「さて、粗方片付いたけどどこへ行くのなまえ?」
「乱さんは気が早い…あっちですかね」
「それなに?カワイイ」
「これはソウルジェム」


大切な物なの、と答え胸に抱いた。淡く紫苑色を零すその宝石を視界に入れ、審神者に無理を云い付いてきた三日月は柔らかく笑みを零す。なまえにその姿は見えてはいなかった。
彼女を先頭に歩くこと四半時弱。そろそろ加州と乱が騒ぎ始めた頃、なまえは歩みを止め「来るわ」と小さく忠告を口にした。その声に周辺を見渡し何の変哲もないことを確認した後、異議を唱えようとしたときであった。突如地面から影が生え出てきたのだ。刀剣たちは抜刀するもその大きな影に覆われ暗闇に包まれ、声を上げた。するとまた刹那の内に景色が変わり、今度は焼け燃える村が現れた。自分たちはなんとも不思議な宙に浮かぶぼろ布の作る道の上に立つ。


「これが三日月の云ってた不可思議なヤツだね」
「付いていけない…」


肩を竦める次郎太刀にげっそりと云う加州を背になまえは身の丈より少し長くなっている薙刀を構え「それじゃあ、待っていて」と返した。審神者に任務として与えられている手前、彼女を放っておくことはできず、また気分を害したかと加州がそう意味ではないと否定を口にする。しかしなまえはそれを最後まで聞かぬ内に宙へ飛び上がり薙刀を振う。遥か天空から延びる手型の影が炎を纏い彼女の刃に食らいついた。縦横無尽に飛び出てくるそれに刀剣たちも応戦しつつ、彼女を視界の隅に入れ目を離すことがないように努める。すると横っ腹目掛け延びる手が見え、加州は溜まらずに声を荒げた。


「なまえ!!横ッ!!」
「あい、わかった」


その返事はなまえ自身ではなく隣にいた三日月が答えると、彼は自らの得物を振りその斬撃で手を後退させた。その斬撃はまるで鬼である。強大な、有無を言わさぬ力の塊に思わず加州は三日月を顧みる。瞳の中の不完全な月が鈍く光る。なまえはチラリと三日月を見ると再び襲ってきた手を身体をずらし避けるとそれを踏み台に高く飛び上がった。それ以上行かせてはなるかと比較にならないほどの手が襲うが彼女が左手を翳せばそれは激しい爆発を起こし飛散した。そうして飛び上がり、星一つない空に手が届くような距離に近付くと両の手で薙刀を構え、三日月と同じように得物を振るい斬撃で破壊した。


「うわ…きれい」


破壊されたまやかしの空に亀裂が走り、それは黒い雪のように降り注いだ。焼けた村はもう見えず、その空間が現実へと引き戻される。その中に紛れ、刀剣たちの遠くに何かが降ってきた。彼女はその近くに降り立つと時間を掛けて薙刀を振り上げ、そして降ろした。途端に黒い雪も全てが跡形もなく飛散する。その様子を見つめていた刀剣たちはなまえから目を離せずに沈黙を守っていたが、目の良い加州が誰に問うでもなく小さく呟く。


「何か喋ってた…?」
「そうかい?あたしには見えなかったけど」


律儀に次郎太刀が返すも得たい話ではなく、見間違えかと乱れた髪を直しているとふと息も詰まるような悪寒を感じ反射的に振り向いた。抜刀しなかったのは、これほど強大ではなかったものの感じたことのある気配であったから。背部に滝のように冷や汗が流れるのを感じながらも、加州は三日月の微笑みから目を逸らすことができなかった。


「これが、グリーフシード」


黒い塊が疼いたように見え目を凝らすと、それは白い小さな手に阻まれた。三日月は表情を変えず綺麗だな、と返していた。



150809