自らを魔法少女と称した少女が目を醒ましてから、あの不可解な出来事から、一月が経とうとしていた。あの日、初めて見た話の通じそうな奴だったから――という理由で連れてこられた少女は名をなまえと名乗り、名字は捨てたと零した。そもそも魔法少女とはなにか、何故あの場にいたのか、何故伏していたのかと問い質せばまっすぐな瞳で全ての問いに丁重な言葉で説明をくれる彼女に絆されたものの、その瞳が翳っていることは審神者だって判っていた。刀剣男子たちも然り。危険ではないかと本丸や主の身を案じ処分を急かすが、聞けば彼女はここ最近多くなってきたあの異形を――歴史修正主義者のことだ――退治することに追われていたらしかった。初めての邂逅は彼女がメインとするこれまた異形の“魔女”とやらを追いかけている最中にそれが展開した結界にいつも通り突っ込んでいき退治したと思ったら今度は別の異形が、というようにとっかえひっかえだったらしい。実は人気者みたいで、と軽口を叩いた彼女の瞳には雀の涙ほどの光もなく、まったく笑えないジョークだった。さすがの連戦で疲労したところを突かれ“回復アイテム”――彼女はグリーフなんちゃらと云った。そんなチートが世の魔法少女にはあるらしい――を使う間もなくいよいよ、というところで刀剣男子たちに助けられた、と推測していた。彼女も気を失っていたようであくまでも推測の域を出ない。


「ならば、ゆっくりしていくといいだろう」


政府の資料をいくら探れど“魔法少女”についての情報は皆無。また時の政府へ抱く不信感からもそう簡単に報告をするわけにはいかないと考えていた。面倒事は避けたいのが本音なのだが――頭を抱え彼女の処分を如何するか三日三晩唸りを上げた次の朝、寝不足に心労と目の下の隈を酷くした審神者に三条派の一振りにして天下五剣、現最強の刀剣三日月宗近が柔い笑みを浮かべながらそう進言した。普段よりおっとりと魅せるその性格は主である審神者に口を出すことは少なく、いつも皆の後ろで天下五剣の微笑みを携えて佇んでいる。しかしそれがどうか、彼女に関してはどうも口数が多くなる。懐疑の視線を持って彼を見つめれどそれ以上の発言は聞けなかった。


「正直云ってまだわからない事も多い…でもあれに狙われているのならばここが安全だ。もし、君が良いのなら」


心底参っているというような苦笑を浮かべもし、なんて言葉で誘いてみるも彼女は全て見透かすように「あんぜん、ですか」と答えた。もし否定の言葉がでることがあっても彼女のこの本丸から出す気など、審神者には微塵もない。しかしこれで是の返事が聞けるのであればそれはそれで悪いことなどない。友好的な関係を築きつつ探りを入れられる――そう思っていたのは一重に彼女のその容姿であるが、僅かに口角を上げて呟いた様子はとても年相応とは見えない。年下だからと目下に見ていたことは否めないぶん、その笑みに抱いた恐怖に近い感情は膨れた。


「では、是非」
「ああ…三日月の云う通り、ゆっくりしていってくれ。なにか困ったことがあれば遠慮なく云ってくれ」
「遠慮なく?それでは早速、良いですか」
「なんだろうか」
「そろそろグリーフシードも尽きちゃうんです。魔女退治に出掛けても?」


グリ?と聞きなれない言葉を聞いた反射的に間抜けな呟きを零した。咀嚼すれば彼女が初めに話していたチートアイテムが浮かぶ。同時にこれがないと死にます、と脅迫紛いの言葉を叩き付けられたのも思い出した。本丸は審神者の作り出した聖域だ。死やら血だのと不浄を誘い込まれては困る。それに、退治といってもどうするのだか――俗世の女子学生と変わらぬ少し可愛らしいデザインの制服を身に纏う彼女を見ていれば白昼夢でも見ていて、彼女の子供特有の厨二病にでも付き合わされているのではないかと疑いたくなる。


「ご安心くださいな。わたしの身一つで十分ですので」


彼女が突然紫苑色の光に包まれる。傍で控えていた長谷部や周りの刀剣たちが素早く刀に手を添えたのが見えた。そして皆一様に目を見開き、瞠目した。先ほどまで制服姿だった彼女は光と同じ色のこれまたかわいいデザインの和服に身を包み、身の丈の倍はあるであろう薙刀を手にしていた。刀剣たちはすぐさま意識を戻し警戒を強めるが、皆に背を向けられている当の審神者はポカンと阿呆面を晒し「それは?」と恐る恐るといったように尋ねた。彼女は首を傾げたあと「薙刀ですが…?」と至極全うな答えを返すものの誰もが見ればわかると胸中で吐き捨てた。



150807