「なーんか、やな感じ」


今し方敵軍の大将を倒したというのに。一番の偵察力を持つ加州が刀を構えたまま呟いた。

合戦場。歴史の修正を目論む歴史修正者たちを粛清するため、長谷部率いる一軍は己が主、審神者の生きる時代からほんの数百年程前の時代へと遡っていた。大将のいる敵本陣へと歩を進め、特に負傷することなくこれを撃破したとき、その変化は訪れた。

加州が嫌な感じと称した気配はそれが得意ではない燭台切や鶴丸たちにも感じられるほど大きい。皆が一様に刀を構えたまま、敵大将の首の向こうを見据えている。


「これは、なんだ」
「驚いたな。新手か?」
「また検非違使かな」


軽口を叩けど視線は動かさず。この場の六人皆の本能が感じ取っている、目を背けてはならないと。じり、と砂を踏みにじる音が嫌に大きく聞こえる。最前線で立っていた三日月宗近がゆっくりと口を開いた。


「―――くるぞ」


まるで影に浸食されるように、それは刹那のうちに呑み込む。瞬きを終えればそこにはまったく違う風景が広がっている。反射的に仲間と背中を合わせ、辺りを警戒する。周りを見渡せば見渡すほど訳が分からない。確かに自分たちは屋外にいて、それも更に森の中にいた筈だ。それが今や目の前にはこの世のものとは思えぬ光景が広がっている。影に浮かぶのは童のらくがきのような絵たち。布地にビーズの目玉をつけた人形、馬を模したゆりかご、真っ赤なりんごの描かれた絵本。まるで玩具箱の中だ。


「まいったな。これだけ邪な気配は初めてだ」


肩の力を抜くよう賺した言葉を零してみせた鶴丸も、その異様な光景から目を背けられずにいる。ただの絵ではない。そもそも童の絵は紙から飛び出して浮かびやしない。クレヨンで描かれたそれたちは壊れたブリキのようにぎこちなく動く。――その時。闇の向こうからクレヨンで描かれた赤いボールが地面をころころと転がってきた。刀剣男子は口を一の字に結びそれに集中する。


「――三日月ッ!」


一瞬の出来事だった。ボールにいきなり刃が生えると目にもとまらぬ速度で、最前線に立っていた三日月目掛けて飛ぶ。他に追随を許さぬ機動力を持つ長谷部が一瞬にして三日月の前へと立つと、回転する絵を己で受け止めた。毒々しい色をしたボールは衝力で受け止めた筈の長谷部を少しずつ後退させる。


「ぐ、ゥ…!」
「長谷部くん!」


長谷部を追って躍り出た燭台切が長谷部からボールを弾き飛ばした。それもまた刹那、周りには色とりどりのボールが浮かんでいる。


「清光、あれ何かわからないわけ?」
「わかるもんならよかったけどね!」


背中を合わせた大和守と加州が向かってくるボールを次々と往なしていく。他の皆も同様に応戦するものの上手く斬れず、数を減らすことができずにいる。また不意をついたように闇を向こうから何かが延びてくる。三日月は上段に構えるとそれを往なし、闇の向こうをじっと見据えた。


「今度は本当の影か!」


影は童の手のようだった。往なされたそれは勢いを殺さずそのまま鶴丸へと向かう。好戦的な笑みを浮かべるも、視界の端の三日月がゆらりと動いた。


――ザンッ!


闇のほうへ一瞬にして飛び込むと、振るった刀が文字通り影を切った。辺り一面の影が、絵たちが悲痛な叫び声と共に揺さぶられ消えていった。辺りを見回すと、それは元の森の中に変わらず立っている。安堵して刀を仕舞う皆のうち、長谷部が気が付き声を掛けた。


「おい…三日月?」
「…拾い物だが、さて」


抜刀したままの三日月が自分の足元に視線をやりながら暗にどうするか、と問うた。皆がそこに視線を向ければ、陶器のように白い肌の娘が横たわっていた。




150713