少女が寝ていた布団の上には小さな黒い塊――グリーフシードがポツンと転がっていた。それを道端の石ころを構うように、何気なく拾い上げた三日月は審神者や刀剣男子が固まったままの方向へ向きかざして見せた。


「不思議なものだな」


その視線は審神者や刀剣男子に向いているのではなかった。疑念を抱いた審神者がその目の先を追うと、そこにはかつて一度だけ見た和服姿のなまえが表情も無く立っていた。


「遅かったようですね」


さも当然のように呟いた、この自分より幼く見える少女に審神者はしっかりと恐怖を抱いた。






場所は変わり審神者の執務室。居心地が悪い部屋は手短に辺りを見渡し、何の異常もないことを確認してからそそくさと退室した。なまえと三日月へ声を掛けると二人は返事はせずに静かに後ろへ着いてきた。
夢か、幻か。可笑しなものを見てしまったのではないかと疑う。しかし畳の上に転がるグリーフシードの存在が審神者に現実を教える。立て続けにいろいろな事が起こり頭が上手く回らない。しかし、この本丸を預かる審神者として、なまえの存在に”決着”をつけなければならない。ポツリポツリとあらましを話すと、なまえは表情を一度も変えることなく、彼女の最期を聞き届けた。これからが本番だと、知らぬ内に口腔内に溜まった唾液を飲み込みその勢いのまま口を開くと、至って普通になまえが言葉を発した。


「”ああ”なることはわかっていました」
「……」
「彼女が私を探していることも知っていました」
「…本当に、お前も”あれ”になってしまうのか?」
「はい」


真っ直ぐな言葉は頭を強く殴られたような衝撃を与えた。駆け巡る思惑していた計画が崩れ去る。――いや、待てよ?魔女は呪いから生まれる、負の感情から生まれる、そんな存在だと言っていた。彼女が負の感情を溜め過ぎたということか?何があったのかは知らないが、なまえはこの件に関してたいした心傷を受けていないのなら、彼女を上手く扱うことができるのなら、計画を頓挫する必要はない?子供の姿をしている彼女には悪いとは思いながら、審神者はなまえの”利用価値”について考えを巡らせていた。審神者にとって、なまえは暗闇の中に微かに灯る光であった。消えかけてはいるが、まだ完全に消えてはいない。希望はまだ、ある。


「たぶん、考えている事はあってますよ」
「―魔女になること、か?」
「はい。魔法少女がその内に呪いを溜め過ぎてしまうと、それは魔女になる」
「逆に…溜めることがないのなら?お前たちに寿命はあるのか?」
「わかりません」
「わからない?」
「私の周りには、魔女に殺されず、魔女にならず、その他の方法で死んだ者はいなかった」


オトナの薄汚い考えを見抜かれたのかと咄嗟に口にした言葉はなまえの中で自然と合致したらしい。安堵の息をやり過ごし、耳を傾けた。“魔法少女”という可愛らしい言葉の皮を被った、異形のもの。人間と同じ形をしているのには何か理由があるのだろうか。答えのない思案を繰り返していると、なまえが再び口を開く。元はただの中学生だったのだと。魔法少女は元をたどればごく普通のありきたりな人間なのだと。しかし、その内に叶えたいたった一つの願いを叶えることと引き換えに、魔女と戦う宿命を負い、その身は人ならざるものとなる。


「その魔法少女の終着が、魔女というのか?」
「私たちの身体はただの入れ物。動かすには魔力を消費する。その魔力を回復させるためにグリーフシードを使わなくてはならなくなる」
「それを繰り返せば死ぬことはない?」
「ない。けれども、魔法少女となること、魔女との戦いをすること、それは人の世から外れることだった。それに」
「…それに?」
「世の中は等価交換で成り立っている。奇跡を――その願いを叶えた”代償”から免れることはきっと、できない」


例えば、彼女を使い、刀剣男子を使い、歴史修正主義者を根絶し正常な世界に戻した時、人間は”報い”を受けることになるのだろうか。人の手で無理矢理使役しているこの付喪神たちが…それとも何かによってか。しかし、それでも。自分たちの役目は世界を正常に戻すことだ。過去を書き換えられ今を、未来を、奪われるなどと、そんな馬鹿な話が許されるはずが、許せるはずがない。


「そうか」


退室していったなまえと、その背に従って消えた三日月の後姿を思い浮かべる。ひとりだけの部屋で天井をボンヤリと見つめながら呟いた。――そうやって少女たちも、魔法少女になっていったのか。考え始めたらきりがない。正常や異常かなんてただの人間がわかる筈もなかった。考えるだけ無駄だと気が付き、これからどうするかと再び頭を悩ませることになった。



151106→151213