今日は珍しく朝から心地の良い日が差していた。玄関前に立っていた彼女が今日こそと思った傘が無駄になったと皮肉を口にした相変わらずの様子に肩を窄めた。


「ボス、紅茶です」
「ああ…ありがとう」


給仕をしている姿をぼやっと見つめていたが、どうやら俺の紅茶だったらしい。冷え切っていたアールグレイはいつの間にか湯気の昇る温かなものへと変わっている。喉を潤す程度に口をつけると茶葉の香りが鼻腔を通り抜け温かさと僅かな甘みが疲労した身体に染みていくように感じた。いつもながらに彼女の仕事は完璧だ。出勤後一番の目覚めの一杯、根詰まりしたときの少し渋い味、疲労困憊に効く甘い茶、そして飲み過ぎて二日酔いの朝にでる悪戯に渋い茶。言葉にしなくても俺の欲しいものが自動的にでてくる。紅茶だけではなく、どんな仕事でも効率と結果を重視した徹底ぶりだ。着任当初女性ということもありやっかみに巻き込まれることが多々あったが彼女の仕事ぶりの前で文句を叩けるやつは早々いないだろう、自然に消滅していった。もしかしたら俺の知らないところでもあっただろうが、俺が手を貸さずともどうにかできる器量を持ち合わせている。


「手が止まっておいでですよ。本日のスケジュールを考慮すると全て片付けて帰るには1枚8分と40秒しか猶予はありません」
「わかったよ…」


渋々筆を持てば彼女は満足したのか自分の席に戻っていった。趣味を聞けば俺に傘を常備させるようにすることだと云う彼女に若干の変人気質を感じたものの周りの奴らに比べれば気にならない程度だし、彼女の仕事場は上品さを残しつつも可愛らしいカップが常に右端に陣取り親戚の子供に貰ったというミニサイズのテディベアがどことなく微笑みを浮かべている女性らしいデスクだ。


「残りが8分を切りました」


いまいち集中できないのは、昨夜彼女の夢を見たせいだ。胸中で吐き出しじろりと視線を送っても彼女は気が付かないのか見えないふりをしているのか、どちらかといえば後者の可能性が高いが自分の手元に視線を集中させたままだった。確かに器量は良いが、見掛けは本当にただの女性でしかない。そんな彼女が俺の秘書ではなくSPであるのだから、長く存在すればそんなこともあるのだろうと柄にもなく思う。


160517